平成21年6月、冬月の二次創作小説Black Alice Prelude―銀色の旋律―の扉絵として、hiro様がリクエストに応えて描いて下さった作品、「空へ」。
小説の、以下のワンシーンを想起させるイラストです。





1994年4月1日 0630時(中央ヨーロッパ時間) アビアノ空軍基地 第三滑走路

「マーキュリーランプ、チェック・イン(準備完了)。リクエスト・テイクオフ」

朝焼けが、静かに大地を包んでいく。

広大な滑走路には、本来そこにあるべき航空機の姿が一つも無く、基地の整備兵達の姿も無い。
ただ独り、水銀燈だけがそこに立っていた。

水銀燈のためだけの、貸切りの滑走路。
ただでさえだだっ広い空間なのに、小さな人形が一体ぽつんと立っているだけだと、余計に広く、空虚にさえ感じられた。

『“マーキュリーランプ”、クリア・フォー・テイクオフ(離陸を許可する)』

「ラジャー。・・・マーキュリーランプ、テイクオフ」

次の瞬間、水銀燈は地を蹴って飛び立っていた。
元々、こんな長い滑走路など不要なのだ。
水銀燈が飛び立つのに、滑走路など必要ない。

力強く羽ばたいて、まっすぐ垂直に、上へと昇って行く。

羽ばたくたびに翼から落ちる雨水が、雲の切れ間から漏れる朝の日差しを反射して、きらきらと輝く。

その光景は、機密保持のために立ち入りが禁止された滑走路で誰も見る者のいないのが惜しまれるほどに、幻想的で美しくて、そして物悲しかった。






本作は、冬月の小説に一貫した『水銀燈の翼への想い』が結実したものです。

「私は、水銀燈の翼が好きでファンになりました。
彼女の黒い翼は、静かに佇んでいる時ですら気品や誇り、憤りや悲哀を表現しています。
そして空を飛んでいる水銀燈の姿は、私にとって憧れでした。
オーベルテューレでは水銀燈の翼は、憎しみから生えたものとして描かれています。
私はアニメ版は好きですし松尾監督の事も尊敬していますが、あの描写については、原作者PEACH-PIT先生の思いは別にあるのではないか、いや別であって欲しいと願っています。
水銀燈の黒い翼は、言うまでも無く戦うために使われています。
翼は黒羽を撃ち出す銃砲であり、身を守る盾であり、龍を召喚する魔法の杖であり、そして何より、空を飛ぶ翼です。
nのフィールドではない現実の空間で、鞄に乗らずに空を飛べるのは水銀燈だけです。
あの翼からは、「生きることは闘うこと」というローゼンメイデンの精神を言葉ではなく背中で語る彼女の戦士としての矜持や哀愁が感じられます。
 でも私は、いつかあの翼で、アリスゲームの無い空を自由に飛んでほしいなと思っています。
どこまでもまっさらに透き通った、一点の濁りも無い空を、いくつもの雲の峰を越え、風に乗って自由に飛ぶ水銀燈が見たいなと思います。
朝焼けの空も、黄昏の空も、宵闇も、夏の入道雲も、水銀燈が飛んでいく背景になればどんなにか美しいでしょう」by冬月

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