揺れる欧州の脱原子力政策

平成18年11月 冬月

 

 

 

 

昨年の夏、西欧から東欧にかけて二ヶ月ほどヨーロッパを旅行した。

鉄道に乗って窓から田園風景を眺めていると、かつては見られなかった新しい光景に目を奪われる。

畑の中に林立する風力発電用の巨大な風車の群れだ。

かつて二十世紀の末、冷戦終結による楽観的平和主義の到来からいわゆる進歩的知識人がこぞって『脱原発』を唱えた時代、西欧諸国は世界で最も理想的な『脱原発』のモデルと言われていた。

だが、脱原子力政策を掲げてきた欧州諸国が、今相次いで政策の見直しを迫られている。

原油価格の高騰や、地球温暖化問題などが主な要因だが、それだけではない。

昨今の国際情勢を緊迫化させている、ロシアプーチン政権の『資源外交』に対する欧州の強い危機感がある。

 

今月の八日、ベラルーシを経由して欧州に送られる原油の供給がストップした。

ロシアが天然ガスの価格を二倍以上に引き上げ、輸出原油の免税措置を撤回。これに憤慨してベラルーシが送油を止めた。

ロシアは一年前にもウクライナ経由の天然ガス供給をストップ、EUを震撼させている。

「冷戦時代でさえ信頼できるパートナーだったのに、これでは協力関係を築けない」

EU議長国ドイツのメルケル首相は九日、送油停止を受け、異例の強い口調でロシアを批判した。

二年連続のエネルギー供給不安に、欧州連合は苛立ちを隠せずにいる。

 

欧州連合結成の歴史を振り返るに、東西冷戦構造の中で米ソによって二つに分かたれ力を失っていた欧州が、ソ連崩壊による冷戦の終結でアメリカが世界唯一の超大国となるに及んでこれの覇権に甘んじることを良しとせず、アメリカから脱して再び独自の欧州として世界に影響力を行使したいという強い意志から求心力をもって発展してきた、その思想的背景には崩壊した旧ソ連よりもむしろアメリカへの対決色が濃い連合だった。

しかし、一九九一年のソ連崩壊で世界大国の地位を失ったロシアは、今プーチン大統領の下、埋蔵量が世界の四分の一といわれる天然ガスと世界一の埋蔵量を誇る石油という豊富な資源に関わるビジネスを国家が仕切る手法で、急速に大国再生への道を推し進め、再び欧州にとっての脅威になりつつある。

特に欧州連合と直接国境を接するウクライナやベラルーシへのロシアの介入は、連合にとって経済・軍事両面で安全保障上の深刻な脅威だ。

 

こうした情勢下で、『多様なエネルギー源』を持っておくことの戦略的重要性を、欧州諸国は再認識せざるを得なくなった。

脱原子力政策は冷戦が終わった1990年代以降、西欧を中心に広まった。スウェーデン、ドイツ、オランダ、ベルギーなどが相次いで原発を新設せず、既存のものも更新しないとの政策を掲げた。この背景には、後に説明するが反原発を主張する環境保護政党の躍進という政治的事情があった。

スウェーデンが1999年にバーセベック1号機を閉鎖したのに続いて、2000年にはドイツで政府と電力業界が一定の運転期間を過ぎた原子力発電プラントを順次、閉鎖してゆくことに合意し、2003年11月にはその最初の原子力発電プラントとしてシュターデ原子力発電所が閉鎖された。

正確には欧州での脱原子力の動きはこれが最初ではなく、実際には重大事故が発生する度に脱原子力の動きが起きてきた。スウェーデンは、すでに1979年の米国でのスリーマイルアイランド原子力発電所事故後の国民投票で脱原子力を決めていた。しかし、代替電源が確保できず、その後20年間、閉鎖せずにきた。

1986年の旧ソ連のチェルノブイリ事故では、イタリアが脱原子力に踏み切り、ドイツの社民党が原子力反対に転じた。

2000年、ドイツ政府は国内にある全ての原発を順次廃止し、最終的に全廃する方針を打ち出した。

現存する原発の総発電量を一定水準で頭打ちとし、法定運転期間32年が過ぎれば、自動的に閉鎖していく。

宣言当時、ドイツの原発への電力依存度は実に30パーセント。

ドイツにとって、国家のエネルギー政策を大転換させる重大な変革だった。

宣言の実現のために、ドイツは全力で改革に取り組んだ。

『更新性エネルギー法』(EEG)を施行して、太陽光発電設備からの電力買い取り価格を、20年間保証で1キロワット時あたり57.4ユーロにする。

通常の電気料金の三倍以上であり、破格の優遇政策だった。

上乗せ分は通常の電力料金に加算されて徴収されるが、法案はドイツ連邦議会を全会一致で通過した。

太陽光発電だけではない。風力発電にインセンティブを導入し、年間1500万キロワットの発電設備を整備した。

日本といえば、風力発電の設備は急速に進んでいるとはいえ50万キロワットにも届かない。

電力会社に対して、再生可能エネルギー、コージェネからの発電電力を高い価格で買い取ることを法律で義務付けたこの奨励策が奏功して、ドイツでの再生可能エネルギー、特に風力発電開発の進展は目覚しく、2003年6月現在、1280万キロワットにも達している。また、太陽光発電も28万キロワットと欧州では最大の開発国となっている。その結果、発電に占める再生可能エネルギーの比率は1997年の4.5%から2000年には6.8%に上昇しており、2010年には12%を目標としている。

 

ただし、風力・太陽光・地熱・バイオマスなどクリーンな新エネルギーへの移行が、必ずしもそのまま成功するかというと、難しい問題がある。

これら一連の改革にも関わらず、ドイツは原子力抜きで全国の需要をカバーできる発電設備を整備しきれなかった。

ドイツ以外にも環境保護の観点から原発や火力発電の廃止に踏み切ったヨーロッパ諸国で、現実の壁を前に悲鳴が上がっている。

ベルギーでは2003年1月にドイツに類似した「脱原子力法」が制定されたが、その後の総選挙で法制定の中心となった環境保護政党が政権を離脱した。また、スイスでは6月に脱原子力を求める原子力反対派のイニシアティブが国民投票にかけられたが否決された。

これらはいずれも、エネルギー・セキュリティやCO2削減に原子力発電が必要不可欠で重要な電源であることが再認識された結果だ。

元々欧州各国は、1970年代の石油危機を契機として、石油代替電源として大規模な原子力発電開発を行なってきた。その結果、2002年末現在、西欧全体では約1億3200万キロワットの原子力発電設備が運転され、電力供給の約33%(EU加盟国)を賄うに至っている。また、90年代に入ってエネルギー・環境面で重要課題として浮上してきた地球温暖化への対策としても、原子力発電はCO2排出ゼロの電源として、その重要性が再び注目されるようになっているのだ。

そもそも、脱原子力の代替電源を調達することは容易ではない。

イタリアはチェルノブイリ事故を契機に運転中、建設中のすべての原子力発電所をストップしたが、その後の国内での代替電源の開発は遅れた。その結果、国内需要の約15%をフランス、スイスなどからの輸入に依存している状況である。2003年9月に発生したイタリア全土に及ぶ大停電もこのような外国からの電力供給に過度に依存する供給体制が原因の一つと言われている。

スウェーデンでは前述のように、1980年の国民投票後も、代替電源が確保できず、長期間閉鎖できずにきた。1999年に閉鎖したのは、社民党政権を環境保護政党が閣外協力するという政治情勢と、バーセベック発電所の対岸に首都コペンハーゲンが位置するデンマークの強硬な閉鎖要求に応じたものであって、国内で代替電源の見通しが付いたわけではなかった。バーセベック1号機の閉鎖によって減少した供給電力は、石炭火力発電中心のデンマークなどの隣国からの輸入によって賄われていると言われている。また、二基目のバーセベック2号機の閉鎖は代替電源の見通しが立たず何度も延期されている。

これは一つには後述のように、ドイツなどで代替電源として大規模に開発されている風力発電が、スウェーデンではそれほど開発されていないことがある。すでに水力という再生可能エネルギーが発電電力量の50%近くを占め、再生可能エネルギーを押し込む余地が少ないためと推測される。

また、もう一つの有力代替電源である天然ガス火力発電は、スウェーデンの場合、導入が難しい状況にある。これはガスの供給網があまり発達しておらず、天然ガスの利用が容易でないことも理由と考えられる。また、CO2削減という観点からは、天然ガスの利用は、これまで水力と原子力でほぼCO2排出ゼロであった発電部門が、CO2排出に転じることを意味する。

また、輸入電力への依存にも限界がある。ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、デンマークの北欧四か国の間には国際連系網が発達しており、互いの電力輸出入が盛んである。しかし、自由化で電力の国際取引が益々活発になる中、北欧全体で50%以上を占める水力発電が渇水で発電電力量が低下したこともあって、2002年の供給予備率は北欧全体で1%にまで低下している。

唯一改革の成功例といわれるドイツも、今後もこの勢いで再生可能エネルギーの開発が進むかどうかは不明である。政府は2030年に30%(現在の原子力発電のシェアと同程度)という目標を設定しているが、風力開発は地上での開発はほぼ終わり、今後の開発地点は洋上に移るが、その開発にはコストが高いなど、地上より制約要因が多い。他の再生可能エネルギーも、今後大規模な開発が期待できる電源は今のところ存在しない。

 

再生可能エネルギーは、風力や太陽光にみるように、気象などの自然環境に左右され発電効率が低いという欠点を持っている。たとえば風力発電の年間稼働率は15〜30%程度である。仮に現在運転中の原子力発電(2400万キロワット、稼働率80〜90%)をすべて風力発電で代替するとすれば、原子力発電と同等の発電電力量(キロワットアワー)を風力発電によって得るためには6000万キロワット以上の設備が必要である。

困った西欧が目をつけたのが、未だに旧ソ連時代の原発が温存されている東欧諸国だ。

現在多くの西欧諸国では、脱原子力によって不足した電力を、こういった環境保護の思想が未だ伝わっておらず依然として原発や火力発電所が温存されている旧東欧諸国からの電力の輸入によって補っているのが、否定できない現状だ。

西欧のエコロジスト達は旧東欧諸国の環境保護意識の無さについて、「遅れている」と非難する。

私自身、昨年ヨーロッパを旅していてそのような主張を何度も耳にした。

確かに、西欧を列車で旅していると、数年前まで見なかった風景に目を奪われる。

ヨーロッパの美しい田園に、どこまでも林立してゆっくりと優雅に回る白い風力発電所のかざぐるまは、壮大かつ神秘的で、西欧諸国の環境への真剣な取り組みを強く印象付けるシンボリックな存在だ。

西欧の市民は、さぞかしこの風景を誇りに思っていることだろう。

列車がかつての『鉄のカーテン』を越えて東欧に入ると、美しい景色は一変する。

すすけた灰色の火力発電所から突き出たやはり灰色の煙突が煙をもくもくと出す光景。

原発も、日本のようにビジュアルで清潔なイメージを出そうとごまかしていないので、むき出しのコンクリート色で見るからに危険な雰囲気が漂う。

西欧市民が「遅れている」と非難するのも理解できる。

だが、その西欧が「進んだ」エネルギー政策改革の結果、これら東欧諸国から裏で電力を購入しているのだ。

決して秘密になっているわけでもないが、しかし多くの市民はこの事実を知らない。

 

何故、欧州各国政府は計画が実現するとの確証無しで、改革に突き進んだのか。そこには現実問題以前に、先に述べたような政治的な事情がある。

欧州では冷戦終結後、環境保護団体の影響力が急速に強まった。

ドイツで連立与党にまでなった『緑の党』は有名だが、こういった団体は機関投資家としても、また選挙の際の組織票動員という形でも、各国政府や欧州連合議会に対して無視できない影響力を持っている。これらの団体のロビー活動の結果、ドイツ政府は『原発全廃』という、ややラディカルな理想を掲げる必要に迫られた。

必要悪としての行政者から見た必要性ならともかく、一般市民の目から見て原子力発電所というのは心情的に無くなるに越したことは無い厄介物である。

特に欧州はチェルノブイリを経験しているため、日本よりも市民の原発へのアレルギーは強い。日本とて、東京首都圏には原発をつくらず、伝統的に自民党の強固な支持基盤であった日本海沿岸の一部地域に、湯水のような地域振興費の投入と引き換えに原発を集中させているのが、国民が原発を心情的に嫌悪していることを政府が承知している何よりの証拠だ。

だから、もしも政府与党が『原発の全廃』を宣言すれば、それは選挙で票になるだろう。

 

自国の原子力発電所閉鎖による不足分を、他国の原子力発電から調達するとすれば、それは大きな政策的な矛盾だ。

これが虚飾ではなくて何と言うのか、西欧の環境保護は欺瞞ではないかと憤る人間も少なくは無い。

 

現実の壁の前に、各国政府も政策の軌道修正を始めた。

ドイツでは昨年発足したメルケル政権が、今年4月にエネルギー産業界の代表者らとエネルギーサミットを開いたほか、今月にも開催を予定するなど、脱原発政策の見直しを目指している。産業界も見直しに熱心だ。脱原子力を決めた社民党政権は、原子力の代わりに風力など自然エネルギーの開発を進める方針を取った。しかし、自然エネルギーは、発電効率が悪いうえ、発電単価も高い。

ドイツ政府は自然エネルギーを電力会社に買い取らせているが、その結果、ドイツの産業用電力料金は隣国のオーストリアやポーランドなどに比べ2〜3割も高い。このため、重厚長大型産業を中心に、隣国などに移転する企業が増えており、産業の空洞化と、失業率の増大につながっているとの指摘もある。

脱原子力政策のもとで2基を廃止したスウェーデンも、先月、脱原子力の見直しを掲げる穏健党を中心とする右派連合が総選挙で勝利した。右派連合は今後、原子力回帰に進むと見られる。

 

結論として、原子力を放棄した後本当に代替エネルギーを確保できるのか、という根本的な疑問を無視して理想論だけが一人歩きする形で始まった改革が、欧州に深刻なひずみを生んだ事は残念な結果である。

エネルギー問題は、国家の安全保障戦略上、欠かせない重要な要素だ。

そうした戦略的観点を欠き感情的な環境保護を唱える団体に重要な国家政策を左右されなければならなかった欧州の失敗は、同様に原子力撤廃の世論が根強い日本においては貴重な教訓とすべきであろう。



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