生態系保全の観点から捉えた船舶バラスト水問題とその対策状況に関するレポート    

平成18年6月 冬月真弘

 

 

 

 

今日重要視されている環境問題の中で、中心的なテーマのひとつに生態系の保全が挙げられる。

例えばチベットで放牧によって家畜の糞から外来種が広がり、希少な高原植物が被害を受けているケースが有名であるが、このように人為的な外来種の導入によって固有の生態系に影響が生じる事は、動植物資源を守るために我々にとって無視できない早急に対策すべき問題であると考える。

 

地球規模で生態系に被害を及ぼしている深刻なものとして挙げられるのが、いわゆる船舶バラスト水問題だ。

船舶のバラスト水とは、船体の姿勢制御や復原性確保のためにバラストタンクに積載される海水で、船舶の安全運航上欠くことのできないものである。20万トンクラスのバルクキャリアの場合、空船時には約6万トンのバラスト水を積載し、貨物の積出し港において積荷の進行に合わせて排出される。

IMO(国際海事機関)の推定では、タンカーや石炭・鉱石運搬船などの大型船舶が積載するバラスト水は年間約120億トン、これらが地球規模で移動しているといわれている。

 

ところがこのバラスト水を船体に取り込む際に、海中の微小な生物(バクテリア等の微生物やプランクトン等の浮遊生物等)や、魚類等の卵や幼生等が混ざってしまう。

このようにバラスト水に混入する生物の種類は推定で4500種類以上といわれる。

そして、このバラスト水により船と一緒に移動した水生生物が寄港先で新たな環境に定着すれば、その海域の固有の生態系や水産業等の経済活動に影響を与え、また、一部の病原菌は人体の健康に直接影響を与えることもあり得るとされる。

 

こうした船舶バラスト水、あるいは船底付着、水産物の物流による海洋生物の流入は意図的、非意図的を問わず、人間活動が世界規模で行なわれるようになってから発生した問題であった。

日本でも欧米原産の貝類、甲殻類等のベントスが1900年代初頭から次々と発見され、社会的問題にまで発展している。

プランクトンに関しては、日本への外来種の導入は正式な報告がこれまでのところ皆無であるが、アメリカ合衆国オレゴン州、カリフォルニア州や南米チリでは多くの東アジア産のカイアシ類(甲殻類)がバラスト水によって導入されたと考えられている。

これらは1960年代から発見され、導入先で優占種となって生態系の構造を変化させたり、同属の在来種を駆逐してしまったケースもある。また、麻痺性貝毒を引き起こす渦鞭毛藻類がバラスト水を介して全世界に分散し、人的被害が拡大しつつあることが、深刻な問題となっている。

 

海洋生物の導入には明瞭な方向性があり,太平洋ではシーレーンに沿って14の主要なルートがあるが、東アジア、北東太平洋は、それぞれ最も顕著なdonor area であるとされる。この方向性は、東アジアからこれらの地域への貨物船等の寄港が多く、東アジアで汲んだバラスト水の膨大な排水の多さによって生じたと考えられる。

最近の船の大型化,高速化に伴い、バラスト水による導入は加速化しているのが現状だ。

 

これまでの各研究機関等の調査では、東南アジアからドイツまでの航海中、タンカーのバラストタンク内の動植物プランクトンの密度、種数の経時的変化を観察したところ、カイアシ類、枝角類、ワムシ類などの増殖が確認された。これらのプランクトンは派耐久卵を産出するものが知られており、成体では生息不可能な劣悪な環境にも耐えることができる。

そのほかにも日本−オーストラリア間を航行する石炭運搬船においてバラスト水を定期的に採取したところ、動物プランクトンや海藻類の胞子、発芽体の存在が確認され、冬季には航海終了時まで動物プランクトンの生存が確認された。

こうした調査結果から沿岸生態系への影響評価やバラスト水・船体付着管理への提言が行われ、バラスト水による移入種の導入を防ぐために外洋でのバラスト水の廃棄あるいは交換がIMOのガイドラインとして設定され、カリフォルニア州ではこれが義務化された。

2004年2月13日には「バラスト水の管理に関する条約」が採択され、30ヶ国以上の批准、かつ合計船腹量が世界の35%を超えてから12ヶ月後に発効した。

日本でも衆議院公害対策及び環境保全特別委員会で1973年にこの問題が議論され、文部科学省はバラスト水条約受け入れの準備のため、バラスト水に起因する生態系への影響の調査、バラスト水処理技術やバラスト水評価基準の調査等を行うため、年間2000万円弱のバラスト水条約対応基礎調査費を組んで対応しているのが現状である。

 

 

 

 





参考資料

 

日本船主協会広報(2006年)

 

日本生態学会広報(2002年)

 

『大型船舶のバラスト水・船体付着により越境移動する海洋生物がもたらす生態系撹乱の動態把握とリスク管理に関する研究』・・・川井浩史(神戸大学 内海域環境教育研究センター 教授)



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