『日本のODA外交を考える』

―理念と実益の均衡を守り国益の見地に立った中庸な援助外交の展望―

平成19年 冬月

 

 

 

 

 

 

 

 

 
ODA(Official Development Assistance、政府開発援助)を巡る昨今の我が国の論議は、冷戦終結後の新しい国際情勢の中でのいわゆる戦後外交の見直しを求める声や我が国の厳しい財政事情もあって、『戦略性』や『国益』といった従来の戦後外交がある種タブーとしてきた視点に基づいた主張が積極的に展開され、援助政策の転換を促している。
一方で世界市民主義的な理念から、国家を主たるアクターとしたウェストファリア体制以来の旧来型の視点にかねてより否定的な感情を抱く人々は、こうした潮流に危機感と反発を強めている。
また、仮に前者の主張を認めて国益や戦略を設定するとしても、何が我が国の国益で、そのための戦略とはどうあるべきかという定義について戦後国民的な議論が行われておらず、言葉だけが先行したまま争点がぼかされ一部の政治家の思惑に利用されているという不満の声もある。

以上のような状況は、表面的には21世紀における国際社会のアクターの基本的な単位が国家であるべきか個人であるべきかという対立であり、より本質的には、国際政治学における永遠の課題といってもいいリベラリズムとリアリズムという二つの相反する捉え方による二項対立の縮図であるといえる。
だがこのいわば理念が大切か実益が大切かという議論をする上で忘れてはならないのは、そこに戦略が存在するかである。
戦略が無ければ理念重視も実益重視も長期的には国益とならない事、そしてこれは究極の二者択一であってはならず、我々がリベラリズムとリアリズム、どちらの軸にも傾き過ぎてはならない事をこれから述べていきたい。

短期的な利益を重視し長期的な国益への思慮が欠けている代表的な例が、タイド・ローン、いわゆる「ひも付き借款」だ。
援助資金による事業を受ける企業や物資の調達先を援助供与国に限定するなどの条件が付いた援助であり、援助国内企業の輸出促進に資すると考えられている。
近視眼的な人間は国益による視点に立った援助を批判的に説明する際に好んでこのタイド・ローンを例に出すが、こうしたタイド・ローンによって守られるのは援助国でも一部の企業の権益だけで、国民国家の真の国益ではない。
このような直接的なキャッシュバックを明白に意図した露骨な実益重視の援助では、援助を受ける国の人々にとっては道義的な理念が全く感じられず、感謝とは反対にネオ・コロニアリズムのそしりを受ける恐れすらある。
ここでは国益とは何かという定義を避けて通れないので、新ODA大綱にある「理念」で定められた「目的」を引用すると、「国際社会の平和と発展に貢献し、これを通じてわが国の安全と繁栄の確保に資すること」と規定されている。
すなわち援助によって援助対象国の人々に援助供与国の日本に対する感謝あるいは好印象を抱いてもらう事で長期的な日本の安全を確保する事が重要な目的の一つであって、その場合援助は対象国の人々の感情に配慮する形で行う事が必要になる。これは後述する総合安全保障とも関連する。
従って援助は現地の人々の感情を逆撫でする危険性のあるタイド・ローンのような形態での直接的な利益を求めるのではなく、より好感を得られる形態での援助によって長期的な我が国の安全と繁栄を守るという間接的な利益のために行うのが、真の国益の追求である。
そして我が国は他のDAC(開発援助委員会)諸国と較べタイド条件は著しく少なく、特に円借款の場合は1989年にアンタイド(タイドが無い有償援助)100%を実現しており、その後の平成不況等の事情でタイド・ローンの特別円借款を行ったが、それでもアンタイド率は2003年の段階で88.1%であるという事実がある。
故にタイド・ローンを引き合いに出して日本の援助政策を批判するのは稚拙な事実誤認もしくは恣意的な事実の歪曲という他ない。

こうしたタイド・ローンのような露骨な実益重視の援助への批判の論理を飛躍させて、いわゆる「顔の見える援助」を求める主張をチャイルディッシュ(子どもっぽい)と批判する人が、国際援助に精通した方々の中におられるそうだ。
そこには援助の根本的な精神、援助を通じて日本をどうしたいかという考え方の食い違いがあるから、客観的な考察は難しい。

例えば、かつて財団法人日本国際交流センターに籍をおいておられた専門家で、慶應義塾大学でも教鞭をとっておられた毛受敏浩先生の『NGO・NPO論』という講義を私は昨年受講し、毛受先生の著書『地球市民ネットワーク』を拝読した。
この中で毛受先生は、世界各国の経済的相互依存の高まり、インターネットやマスメディアの発展・拡大による情報の流通、一般市民の海外旅行の増大などによる個人レベルでの国際交流の進展、以上の状況による在来型戦争の減少によって国家という枠を主体とした国際社会は個人を主体とするものへ変化し、国家という枠が無意味になるので国益という概念も時代錯誤的なものになっていくという持論を展開している。

国際政治学の世界でも、田中明彦氏が『新しい中世』(日本経済新報社、1996年)という本の中で、あくまで先進国に限定してはいるが、冷戦終結後、アメリカ、欧州、日本のような自由主義的民主制と市場経済によって経済的・政治的に複雑に入り組んだ相互依存と情報流通による市民レベルでの相互理解、国境を越えた多国籍企業や市民団体という新しいアクターの出現によって国家の存在感が薄まり在来型戦争の脅威が減少している「新しい中世」という圏域について説明している。
この圏域の中では、確かにかつての秘密外交や、古典的なリアルポリティークに代表される国際政治の法則は通用しない傾向にある。
ただし田中氏の理論ではあくまで国家の存在感が薄まるのは先進国間に限定されており、中国・韓国・北朝鮮・ロシアのような依然として国家や民族といった枠組みを前面に押し出した体制の国々は「近代圏」という近代国家の段階で、「新しい中世」の一員としての価値観を持っている日本はこの旧来型の「近代圏」との境界線の最前線に位置していると説明されている。
従ってこの理論はあくまで先進国同士の関係に適応できるもので、日本と周辺諸国との問題に当てはめるのは危険である。
だが、例えば日本は現在中国・韓国・ロシアの三ヵ国との間にそれぞれ領土問題を抱えているが、これをEU結成によって伝統的な領土問題と決別した欧州諸国のように日本も解消できると考えている人がいる。
尖閣諸島の石油資源などについても日本の領有を無理に主張するよりも、中国に譲って中国から石油を輸入した方が低コストだという、一見合理的な主張もある。
確かに、「新しい中世」の圏域ならば深刻な国家間対立が発生せず、物資や人員の移動が国境を越えて行なわれる事を常に前提としているので、ある土地やそこから産出される資源がどこの国に属するかはあまり重要とはならず、対立の火種となるぐらいならむしろ共有してしまおうというのが、EUの前身となったECSC(ヨーロッパ石炭鉄鋼共同体)などの考え方だ。

国際援助に話を戻すと、毛受先生は国益を時代錯誤だとする思想から、ODAについても国益を全面に出した援助は卑しいという持論を展開している。
目先の利益にとらわれたタイド・ローンのような露骨な援助が長期的に見て国益につながらない事は先ほど述べたが、そもそも国益そのものを否定し、援助を理念だけで行うべきだとする主張も、いささか極端だと言わざるを得ない。
「顔の見える援助」は援助対象国の人々が援助供与国の存在を意識する事を求める考え方で、感謝されるという見返りの追求がある。
キリスト教的な倫理観で考えれば、感謝を求めた善行は偽善だ。イエス・キリストは「汝右手の善行を左手に告げるなかれ」と教え、意識的な善行を偽善として戒めている。
だが一方で東洋には、「情けは人のためならず」という現実主義的な格言が存在した。
この格言を間違った意味で覚えている日本人が最近多いが、これは単に若者の無学のせいではなく、戦後アメリカによって日本に輸入されたキリスト教的価値観とこの格言が相容れなかった結果必然的に生じた社会現象だと私は考えている。
だがここで指摘しなければならないのはそれ以前に、こうした個人レベルの倫理観、正義感を、国家の政策であるODAに持ち込む事は根本的にずれた発想だという事だ。

「顔の見える援助」を子どもっぽいと嘲る理念派の知識人、特に第一線で国際援助に携わっている故の現場主義でこうした批判を本国に対して振り向ける人々は、自分達が日頃運用している資金の財源について考えた事があるのだろうか。
政府案の平成19年度ODA事業予算の内訳を見ると、無償資金協力1861億円、技術協力2970億円、国連機関への援助626億円、国際開発金融機関への援助246億円、借款1591億円、計7293億円が一般会計に計上され、その他に特別会計から17億円、出資国債597億円、財政投融資などから6242億円となっている。
これらの大半が政府資金であり、すなわち国民の税金である。
1兆4149億円の資金が投入されているわけだが、国民一人当たりにすると、年間1万円以上ものカネが途上国の援助目的に使われている事になる。
円借款の場合には財務省資金運用部の財政投融資計画を財源としてはいるが、一般会計は税金や国債が、特別会計や特別会計を財源とする財政投融資には郵便貯金や簡易保険の一部が用いられている。
国民のカネを使って援助を行っている以上、ODAはボランティア団体の慈善事業と同列に考えるような真似は一切まかり通らない。
勿論、援助に携わる現場の人間には、現地で援助対象国の人々と関わる中で醸成された様々な感情や、個人的な思想信条としての理念、正義感があるだろう。純粋に援助対象国の人々の幸福だけを考えて援助をすべきだと信じる人にとって、例え感謝という無形のものであれ見返りを求める発想は道徳的に許せないのかもしれない。
だが、本国で財源を供出している国民のコンセンサスを無視した思想はいかなる理由があっても正当化できないし、もし自己の理念で援助がしたいなら、ポケットマネーでやって頂きたい。国民の税金を用いた事業は全て、国家の安全と繁栄に資するものとして計画されなければならず、そのためには現地の人々の反感を買うような目先の利益だけで戦略性の無い援助は慎むべきだとは先ほど述べた。それと全く同じように、理念だけに基づき国益のための戦略を欠いた、顔の見えない滅私奉公であってもならない。
これには国民が選んだ政治家によるチェック機能が必要だ。
援助供与国がどの国かがわからなければ、対象国の人々は自分達の生活がどこの援助によって向上したか知る事もできない。
恩着せがましくてはいけないが、かといって知らせる機会を設けてはならないという主張も極端で共感できない。
つまりは中庸に、さりげなく、しかし確実に供与国がどこの国かを対象国の人々に知らせる事が必要である。その上で感謝するかしないかは、対象国の人々が内心で決める事である。

ただし、だからといって理念から「顔の見える援助」を批判する人達がいなくなればいいというわけではない。
彼等の主張は間違っているが、しかし一方で国益を過度に前面に出した援助もまた、理念のみで行われる援助と同様に長期的な国益にならない。
対象国にとって魅力的な援助となるためには常に実益の前に理念が無ければならず、実益重視の暴走への抑止力として、理念重視を唱える人達は必要であり、両者のバランスをとった中庸な援助が、実は最も国益にかなうのである。

さて、先ほどは「顔の見える援助」を批判する人が個人レベルの価値観を国の政策に持ち込んでいる事をずれていると述べたが、こうした倫理や道徳といった価値観を国の政策に持ち込んだ例外的な国家がウッドロウ・ウィルソン以来のアメリカ合衆国であり、戦後日本もその影響を受けている。
セオドア・ルーズベルトを除く20世紀の歴代アメリカ大統領は、アメリカが外交において守るべきものは自由、人権、民主主義、法の支配などの道義的諸価値であると信じていたし、アメリカがこれらの理念の燈台となり世界に普及させる事がその使命であり、世界中の国と人々の自由と民主主義がその国益とイコールなのだという、極めて利他主義的な精神を、建前ではなく本質的に有していた事を、ヘンリー・キッシンジャーやジョン・ルイ・ギャディスなど数多くの国際政治学者が指摘している。
特にフランクリン・ルーズベルト以降のアメリカはもう一つの国是であった孤立主義を改め、世界のあらゆる地域の自由と民主主義を守るための無制限のコミットメントを行うようになった。
冷戦によってそのコミットメントは共産主義への世界規模への封じ込めという形式になった。
従来の国家と違い国益を重視したリアルポリティークを実践する必要が無かったのは、アメリカの圧倒的な国力に基盤を置き、何より第二次世界大戦でも朝鮮戦争でも、アメリカの理想主義が成功し通用した経験に支えられていたからだ。
だがこうした成功は、アメリカ人に二つの重大な誤解をさせる結果となり、ベトナム戦争への無制限のコミットメントによって、アメリカは初めて、力の限界に直面した。
一つは、アメリカの掲げる道義的価値観や民主主義は世界中どんな政治的、社会的、あるいは歴史的背景を持つ地域であっても、そうした特質を無視して通用させる事ができるという誤解である。
そしてもう一つは、世界政策に臨むにあたって他の国が通常行うような自国の国力の計算をする必要を感じなかった事だ。
ベトナム戦争以前、アメリカでは世界のある問題にアメリカがその理念に照らして介入する価値があるか議論される事はあっても、それがアメリカの国益に結びつくか、あるいはそれがアメリカの国力で可能なのかといった議論は敬遠されていた。
国力を惜しむ発想はアメリカには無く、圧倒的な国力による恵まれた立場がこうした認識を可能にしていた。
事実、過去にアメリカがその理想のために行った戦争でアメリカが敗北した事は一度も無く、アメリカは行動するにあたって理念だけを考えていれば良かった。
そのため、アメリカは封じ込め戦略において世界中で無制限の介入を行う事になり、ベトナム戦争において自国の国力の限界を知る結果となった。

1970年2月18日、ニクソン大統領は大統領外交年次報告において、アメリカの外交政策の目的として初めてアメリカの『国益』に言及した。
20世紀のアメリカの大統領が政策の重点に理念ではなく国益を掲げたのはセオドア・ルーズベルトを除けばこれが初めてであり、極めて画期的な事だったが、それはベトナム戦争によってアメリカが初めて力の限界に直面し、疲弊した結果であった。
ニクソンのリアルポリティークは、こうして疲弊したアメリカが国際的な指導力を維持するために有効だった。
69年のグアム・ドクトリンは、アメリカが力の限界に直面していたからこそ可能な宣言だった。
全世界への無制限の介入というどんな超大国でも不可能な力の浪費を止めるという現実的な目的があったとしても、従来のアメリカであればその『友人』を守る力を惜しむような宣言は到底考えられなかっただろう。
そして、対ソ関係でアメリカが有利になるために中ソの対立を利用し、アメリカが中国に接近しつつソ連とも交渉を行う三角関係の中での『スウィング・ポジション』に立つ事でアメリカの安定した地位を確保しようとする戦略は、中国もソ連も区別無く共産主義を全面的に悪と捉えた前提で、妥協や交渉の余地を見出さない従来の柔軟性を欠いた共産圏への認識では不可能な戦略だ。
だがこうした国益を前面に出した柔軟な外交は、個人レベルの善悪の概念を国家の政策にまで反映させるアメリカ人の国民性とは当然合致していない。
ベトナム戦争により国が疲弊していたからこそ遂行可能だったのであって、その後のアメリカ外交の伝統として定着しなかった事は致し方ない。

以上のアメリカの歴史を想起しながら日本のODAのあり方を考察すると、一方は軍事、一方は援助とコミットメントの中身こそ違うものの、現在日本がODAのあり方について経験している論議は、戦後日本の親であるアメリカが一度通った道だと考えられないだろうか。
戦後日本の外交政策は、日本国憲法の前文の精神を尊重した「全方位外交」だったといえる。
アメリカの外交政策に従う以外での独自の外交戦略を持たず、どの国とも平和的に協調しようとしてきた。
戦後日本の急速な経済成長が、戦略無き援助を可能にしていた。
一党独裁の中国に6兆円以上のODAを行い、拉致問題のある北朝鮮にも援助を行い、そして数多くの発展途上国に援助をしてきたが、中国は反日的な軍事大国となり、北朝鮮の拉致被害者はコメと引き換えには帰らず、そして国連安保理常任理事国入りの支持を援助対象国から取り付ける事も出来なかった。
勿論、援助が無駄だったとはいわないが、国民が期待しているのはやはり政治的な成果だ。
加えて日本の平成不況、財政悪化で国民の視線は一気に厳しくなった。
「何の役にも立たなかったODA」という強い不満が国民の中には鬱積している。
もはや平和主義という理念による全方位外交をやっている経済的・政治的余裕は無く、限られた予算で国益に資する戦略的な援助を行う現実的な体制が求められている。

また、いわゆる「戦略援助」が冷戦終結によって時代錯誤的になったといわれるが、それは東西冷戦構造の中でアメリカの封じ込め政策への援護射撃としての援助はソ連の崩壊で役割を終えたという事であって、冷戦終結後の世界にはもはや戦略援助のような発想は不要であると断ずるのは理想論である。
新たな国際情勢に合わせた戦略援助が必要になるわけで、例えば麻生外相が提唱している「自由と繁栄の弧」だが、これはユーラシア大陸の外縁に点在する新興民主主義国、これから先進国になろうとする国々に対して、民主主義や人権、市場主義経済といった基本的価値を前提に繋がりを深め、「自由と繁栄」が定着するよう支援する、日本はリーダーシップを発揮してそれだけの責任を果たすという宣言である。
この「自由と繁栄」のモデルは日本であって、中国ではないという意味も暗に込められている。
ODA大綱が重点地域としてアジアを挙げているのも、全世界の途上国に無計画にばら撒くのではなく、ODAもまた日本の外交政策、地政学的なパースペクティブとリンクする形で行う事が求められている事を意味している。

このように、ODAをはじめとする我が国の国際援助は、物理的な軍事力以上に我が国の安全にとって重要な手段としての側面を持つ。
こうした非軍事的な手段・脅威の重要性を認識し、軍事だけでない経済・文化まで含めた安全保障の概念が、我が国によって提唱された「総合安全保障」である。
昨今はこれを国家より個人を重視して「人間の安全保障」と言い換えるそうだが、何でも綺麗な言葉に言い換えて物事の本質を見失うのは日本人の悪癖である。
理念だけで援助したいならポケットマネーを、と上述したが、実際には個人の能力で途上国の救済は難しいだろう。
故に国家のコミットメントが必要になるが、国家の援助を求める以上は、国益の問題を避けて通るのはアンフェアである。
供与国と対象国双方の国家と国民にとって有益な国際援助を実現するためには、このように、理念と実益どちらにも偏り過ぎない、中庸な外交政策が求められるのである。


BACK