平成18年7月、神鏡が『異邦人達の終着駅』のリニューアルオープンに際して、サイト内の水銀党コーナーに新しく飾る水銀党のイメージ画像として描いた『コウモリ』。
神鏡が制作にあたり冬月に水銀党のシンボルは何かと訊ねた時、冬月は「二次創作ならば水銀燈が私を象徴し、オリジナルであればコウモリが私を象徴する」と即答しました。
コウモリはその優れた聴覚と超音波によって周囲の物体を感知するレーダーにも似た器官を持っている事から『情報収集』を司る動物であり、漫画家かわぐちかいじ氏は代表作『沈黙の艦隊』で、主人公が乗る原潜の米海軍側の呼称を『シーバット』(海のコウモリ)とし、主人公の台詞を通じてコウモリの聴覚を潜水艦の索敵能力に例えてみせています。
またコウモリには古代ギリシャのイソップが残した寓話の一つ『鳥なき里のコウモリ』で、獣と鳥が世界を二分する大戦をした際に、獣の陣営には自らを獣の仲間と、鳥の陣営には自らを鳥の仲間と称して中立を守ったというエピソードがあり、ここから『巧みな外交』を象徴している動物ともいわれます。
なお、このように古代ギリシャでイソップが語った寓話では本来大戦に加わらず生き延びた賢い動物としてそのしたたかな危機管理能力を評価されていたコウモリですが、その後この寓話が中世ヨーロッパに伝わった際に、中世ヨーロッパでコウモリが吸血鬼の手先として嫌われていたこともあって「このような卑怯な行動はキリスト教的道徳に適さない」として『戦いの後コウモリはみんなから卑怯者と言われ除け者にされました」というイソップの言葉には無かった後日談が付け加えられ、コウモリを評価したイソップの思いとは方向性が逆の話にされてしまいます。この捏造は、現在フランスで保管されている最古の書物から明らかになりました。
イソップが語った寓話は、多くが現実的な処世術を暗喩したものだったといわれています。貿易によって商業が発達し、原理的な倫理道徳に人々を拘束する宗教も無く、諸ポリスの民主主義が発達して現代と極めて近い自由な思想を人々が持っていた古代ギリシャ世界では、道徳論よりも得てして現実主義的な生活の知恵が熱心に研究されていました。
特にポリス間の戦争によって奴隷にされながらも努力して貴族の子弟を教える学校の教授にまでなったイソップは、どうやって危機から己の身を守り生き延びるかを、寓話を使って人々に説いたとされています。
その中でもこのコウモリの寓話は、現代のイソップ研究者達の間で特に興味深いとされています。
『世界を二分する大戦』という描写が目を引きます。この時代の世界には勿論世界を二分する大国などというものはなく、『二分された世界』という世界観もありませんでした。世界が二つの大国に分けられるのは、その後数千年を経た米ソの冷戦時代を待たなければなりません。このため東西冷戦時代は、「イソップは実は予言者で、この寓話は米ソの最終戦争を予告したものだ」と考える学者までいたほどです。
勿論、当時のギリシャでも後述するようにアテネとスパルタの対立があったのですが、それでもこの寓話にあるほどの凄惨なものではなかったでしょう。
古文書は記しています。


ある時憎みあっていた獣の国と鳥の国の対立が頂点に達し、世界を二分する大戦争になった。
戦争が始まると戦場での殺し合いだけでなく、獣の国では森の木という木の鳥が根こそぎ殺され、反対に鳥の国では野という野の獣が根こそぎ殺された。こうして、獣の国では鳥の鳴き声はしなくなり、鳥の国でも獣はいなくなった。
そこへ、コウモリが飛んできて、獣の国に入ったがたちまち獣達に捕らえられた。
獣達は口々に言った。
「こいつは翼があるぞ。翼があるということはつまりこいつは鳥だ。鳥は敵だから殺してしまえ」
コウモリは言った。
「違う、私は獣だ。私の身体を見てくれ、ネズミとそっくりだろう?私はネズミの一種で、君達と同じ獣なんだ。つまり君達の仲間だ。羽の様に見えるのは指の間に張ったただの膜だよ」
これを聞いてそれもそうかと納得させられた獣達は、コウモリを釈放した。
次にコウモリは鳥の国に入り、今度は鳥達に捕らえられた。
鳥達は口々に言った。
「こいつはネズミのような身体をしている。鳥じゃない、ということはつまり獣だ。獣は敵だから殺してしまえ」
コウモリは翼を大きく広げて見せた。
「違う、私は鳥だ。見てくれ、私にはこんなに大きな翼があって、空を飛ぶんだ。獣にこんなものがあるか?
つまり私は鳥の一種で、君達の仲間だ」
これを聞いてそれもそうかと納得させられた鳥達は、コウモリを釈放した。
こうしてコウモリは鳥・獣どちらの味方について戦うこともなく、またどちらの敵になって殺されることもなく、戦争を生き延びた。


冬月はイソップ童話を研究している際に偶然このフランスの原文を知って強い衝撃を受けました。野や森から鳴き声が聞こえなくなるほどの後方での根こそぎの大虐殺、まるで民族浄化を思わせる記述です。そしてその凄惨な戦争の中で両軍を言葉巧みに騙してまんまと生き延びるコウモリの、小気味いいほどのしたたかさ。
イソップがこの寓話に込めて人々に伝えようとしたのは、卑怯者がどうのという安直な道徳論ではないのです。
戦いに参加しないのを卑怯というなら、差異のある者を否定し互いに相手を根絶させようと憎みあい殺しあうのは愚かの極みではないのか。
卑怯者だと言われてもいい、例え嘘をついてもいいからなんとしても生き残れ、下らない戦争で何もかも滅ぼす馬鹿たちの仲間には入るなと、イソップは訴えたかったのではないでしょうか。
イソップが生きていた当時のギリシャでは、二大ポリスとして台頭した経済大国アテネと軍事大国スパルタが激しく対立し、全てのポリスがどちらかの陣営に組することを余儀なくされていました。
対立する二つの陣営。その背後には、ギリシャ諸ポリスの結束を崩し弱体化させようとするペルシア帝国の策謀があったといわれています。戦わなくとも良かったはずの同じギリシャ人同士が憎み合い殺しあう空虚な世界。その世界を深く憂いて、イソップのこの寓話は生まれたのです。

日本にイソップの寓話を輸入したのは、戦国時代織田信長を訪れたポルトガル人宣教師の一団だといわれています。
当然この段階で物語には最後の「コウモリは除け者に〜」という中世ヨーロッパで付け加えられた一文が含まれており、卑怯者を戒める例え話として日本では普及しました。
そして明治維新後、日本が軍国主義化していく中でこの誤った解釈が日本教育界に決定的に固定化されます。戦争に参加することを拒否するコウモリとはすなわちお国のために戦争に行ってお国の敵と戦うことを拒否する『非国民』の象徴とされたのです。当時の文部省はこの「コウモリは卑怯者でみんなから除け者にされる」というフレーズを徹底して指導させました。
戦後文部省が平和教育に転換した後も、この誤った解釈だけは改められようとしませんでした。
戦後日本の平和主義思想は極めて表面的で、深層では日本人のものの考え方は全く変わっていないとよくいわれます。現に、争いになった時どちらかの側に立たなければ卑怯だという考え方は、国レベルでは平和主義のベールに隠されていても、個人レベルでは戦前と戦後で全く変化していない、日本人という民族の不変の概念なのです。
今でも日常会話でどっちつかずの人を言う時に「あいつはコウモリだから」と言う人をよく見かけます。
戦後『鳥なき里のコウモリ』に加えられた変化は、戦前のそれより実ははるかに致命的で深刻でした。
前半の戦争の記述が、残酷で子どもの童話には適さないという配慮からほとんどの幼児向けの本で省略あるいは改ざんされるようになったのです。
ある大手出版社の出しているイソップ童話集では、『鳥なき里のコウモリ』を『うそつきのコウモリのおはなし』と改題して、このような内容に変えました。

「コウモリは獣が力を持っている時は自分は獣の仲間だといってえばり、鳥が力を持っている時は自分は鳥の仲間だと言ってえばりました。そのためコウモリは最後には誰からも信用されない嫌われ者になりました」

これではもはや、ただのチンピラでしょう。
今日、日本ではコウモリの話は極めて不名誉な扱いをされていて、ほとんどの人が誤った解釈を覚えています。

このコウモリを冬月がシンボルとしたのは、元来誤った認識から不当な扱いを受け悪役にされている者の味方でありたいと考えていることも大きな理由です。水銀燈を讃えるのと同じように、水銀党は常にこうした者の側に立つ組織なのです。

この絵ではコウモリよりコーン状に放射されている超音波が、周囲の状況を常に的確に把握する事で迅速かつ正しい行動を可能にし平和を守るために情報収集を重んじる水銀党の努力を表現し、また円を描いて飛んでいる事を示す後ろのウェーキ(航跡)は固定された概念や立場に束縛されず、柔軟な態度で自らの安全と全体の協調をはかる冬月の姿勢を表現しています。
依頼通りに素晴らしいコウモリを描いてくれた神鏡に、この場を借りて心より御礼申し上げます。

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