「北洋戦記―明日への翼―」執筆を終えて
筆者対談(聞き手:赤木博士)


涼宮のどかラフ画(神鏡学斗)

「洗練された自己満足」を目指す

〔赤木博士〕
 冬月副司令、このたびは「北洋戦記―明日への翼―」完結&公開本当にお疲れ様でした♪
 短編小説とはいえ、内容・文量ともにこれだけ充実した作品を執筆するのは大変だったと思います。

〔冬月〕
 ありがとうございます。読者の皆様にも、この場をお借りして心より御礼を。
 拙作を読んで下さって本当にありがとうございます。
 四人の少女達が織り成す友情と空戦の物語、いかがだったでしょうか。
 この小説は私の遅筆で完結までに実に10ヶ月以上かかったのですが、連休などを使って書いたので間隔ができてしまい、冷静に読み返すとおかしなところ、結構あると思います。お恥ずかしい出来ですが、それでも力を振り絞り何とか年内に完結させられました。書いている途中、物書き仲間のcomeさんから「書き終えた時の達成感は格別なので頑張って下さい」と激励の言葉を頂きました。そのとおりで、完全な自己満足ですが書き終えた時は本当に気持ち良かったです(笑。その上で、もっと人から読みたいと思ってもらえるにはどうしたらいいのかよく反省して、次はもっと良いもの、私が好んで使う言葉ですが「より洗練された自己満足」を目指して書きたいと思っています。



特務輸送艦エピメテウスと、謎の飛空戦艦のラフ画(冬月)

世界観へのこだわり

〔赤木博士〕
 今回は架空のファンタジー世界で、魔法機械で空を飛ぶ女の子の話とうかがっていましたから、ほのぼのとした感じになるのかなと思っていました。実際、主人公の個性が周囲に良い影響を与えてラストはほのぼのとした大団円になりましたけれど(笑)。
 友好サイトのるび☆こん様から感想を頂いておりまして、「戦闘シーンと食事シーンの書き込みには言葉を失います。 ついでにおなかがすきます」とのことです♪ お刺身を食べるシーンなんか本当に美味しそうに書かれていますが、「見た目、匂い、食感、味、食べる際の音、つまり五感を全部文章で」、多彩な表現力が駆使されているなと思いました。薬味のこだわりとか副司令らしくて良かったです(笑)。
 一方で物語の中では、地球環境の問題、核拡散の問題、国同士の格差や国連改革の問題、戦争責任の問題、領土領海の問題など現実の世界が直面している様々なテーマが巧妙に散りばめられていて、ストーリー展開に勢いがあるので一気に読んでも楽しめるんですが、後でじっくり読み直すと色々考えさせられますよね。

〔冬月〕
 食べ物や酒は完全に私の趣味です(笑。
 これから連載する「北洋戦記」(本作の数年前を舞台に、セシリアやディータなど、本作では脇役の大人達が主役として活躍する、本作を外伝とすれば本編にあたる物語)ではさらにこだわろうと思っているんですが(笑)、この北洋という架空の世界は、現実世界でいう古代ローマ時代をモチーフにしています。
 私が尊敬している「狼と香辛料」の作者は、あの作品を書くにあたって中世ヨーロッパの物流経済だけでなく当時の人々の暮らし、文化を徹底的に、それこそ何十冊も資料文献を読まれて書いていらっしゃるから、並みのファンタジー作品では上っ面だけ西洋風でもちょっとした小道具や登場人物の言動からどこか日本人が書いた感じがしてしまうのですが、「狼と香辛料」では文化風習、人間の価値観まで完全に中世ヨーロッパになっていて、それでいて退屈になる説明臭さも無く、何も違和感が無い。膨大な調査と、それを自然に世界観に織り込む神がかった文章力の上にあの作品は成り立っているんですよ。単にヒロインが獣耳だから萌えるラノベじゃないんですよ(笑。
 脱線しましたが、私は「狼と香辛料」の域には到底たどり着けないとしても、「北洋戦記」シリーズを書くにあたって、古代ローマの文化を人々の価値観や生活習慣に至るまで細かく調べました。古代ローマというのは、地中海世界を統一した文明として皆さん世界史で必ず触れると思いますが、今から2千年以上も昔とは信じられないほど、現代人に近い快適な暮らしと現代人に近い価値観をもった世界だったんですよ。奴隷制度を前提としていますが、ローマ市民を有権者とする民主政治を謳いつつ、元老院という選良の府が機能し、法の支配が長期間成立していた。奴隷制度は、我々には道徳的に抵抗がありますが、今日の機械に置き換えればわかりやすい。選挙には今日と同じ組織票があって、有力政治家の後援組織のことを「クリエンテス」といったものです。他にもローマは、貿易によって世界中の産物が新鮮な状態で都に集まり、公衆浴場の脱衣場には優れた暖房装置があり、サロンや図書館、歌劇場が併設されていた。人々は週末は地方の別荘地にレジャーに出かけ、狩りをし、温泉につかった。仲間内で飲み会をやって、二次会には今日でいうカラオケがあった。
 世俗的な分、キリスト教に支配される中世よりもむしろ現代に近い世界観だったんです。自由や民主政治という意味では、パクス・ロマーナ崩壊後のキリスト教支配が厳格だった暗黒時代は、文明の後退といえますからね。
 当時を知るためには「トルマルキオの饗宴」という文献が最もわかりやすいですが、他にも古代ローマ時代の生活を知ることができる多くの文献が残されています。私が在籍していた慶應大学は、図書館の蔵書が質量ともに国内でも大変恵まれていまして、学生時代に図書館に通いつめて書き溜めたぶ厚いメモがあってそこを引き出しにしています。正直に白状すると、卒論からの現実逃避だったんですが(笑。
 余談ですが、作中で登場する「ガルム」は一種の魚醤ですが、古代ローマの文献に「近頃のローマでは食べ物に何でもガルムをかける若者が増えて困る」というような記述があるんですね。今日でいうマヨラーでしょうか(笑。数千年経っても人間は変わりませんね。この辺りもっと書きたいんですが、あまり凝り過ぎてもグルメ小説になってしまいますので、気をつけないと。

〔赤木博士〕
 私が気付いたのは、長さの単位を全部キュピトにしているところで、あれは旧約聖書に出てくるノアの方舟の大きさの記述で「長さ三百キュピト、幅五十キュピト、高さ三十キュピト」の単位ですよね。
 架空の世界が舞台の小説でも登場人物達がメートル法を使っている場合がほとんどですが、あれは私もおかしいなと思っていました。

〔冬月〕
 そういった細かいこだわりに気付いてもらえると作者冥利につきます。メートル以外でも、現実世界のカタカナは極力他に置き換えるよう頑張りました。
 それから、政治的な描写については、私はただの物書きですから、政治的なメッセージを発したいとか現実世界を風刺したいとか、そんな胡散臭いことは考えていなくて、単に小説というエンターテイメントをしかけるにあたって、自分の得意分野で勝負がしたいというだけです。私は学生時代は政治学科におりまして、政治思想史から国際政治学、国際法、日本の行政史、安全保障等を体系的に学んできました。政治学というのは、一言でいえば利害調整の学問です。この物語のキーになってくる「調停者」という概念は、学生時代の勉強から着想を得ています。
 私は大学に入る前から政治が好きで政治学科を志望したんですが、せっかく学んだ得意分野を、創作活動という別のフィールドで活かせたら面白いと思いました。新海誠監督は「雲のむこう、約束の場所」の解説で政治・軍事的な描写を「必要悪のノイズ」とおっしゃっていましたが、私は新海誠監督の淡白な白身魚のような作風も好きだけど、例えば押井守監督の「攻殻機動隊」や「パトレイバー」の劇場版のような重厚な世界観も大好きです。政治は物語のスパイスとして面白い要素ですが、今後はジャンルたりえると思っています。
 現在ライトノベルは乱立気味で、政治や軍事をスパイス程度に使っている作品は沢山ありますが、作者がゼミなり研究室なりで専門の教授の講義をみっちり受けて体系的な下積みをもった上で、それをエンターテイメントに昇華させた作品があるかというと、ほとんどない。あの押井監督の作品でさえ、本物の専門家からすれば中二病臭いといわれるんです。いわば未踏の地なんですね。ポスト押井なんていうと怒られそうだけど、挑む価値はあると思っています。


 
魔力補助推進式可変有人飛行機械ガルーダのラフ画(冬月)

使命感の無い主人公に空は飛べない

〔赤木博士〕
 読者の方からこんな感想を頂いています。「一番印象に残った場面は、のどかちゃんが魚をしめる場面でした。天然だけどお花畑じゃないところに好感を持ちました」。これには私も同感です。
 後、脇役では海軍のクインタス・アリウス卿と艦長のコンビ(往年の名作「ベンハー」のパロディですよね)が良かったです。責任をとろうとするアリウス卿を止めたときの艦長の台詞が印象に残りました。何より、物語の核に、副司令がブログでおっしゃっていた「希望をもって生きる」というメッセージが活きていますね。
誰かのために危険をおかす行為は同じでも、自暴自棄で行うか希望をもって行うかで意味が違う。後者こそ尊くて奇跡が起こせるんだという、希望をもつことがいかに大切か、かみしめられる内容でした。

〔冬月〕
 主人公のどかに関しては、まさに私の狙い通りの反応で嬉しいですね。
 本作の主人公設定のコンセプトは、「使命感の無い主人公に空が飛べるはずがない」でした。
 よく、ロボットアニメなどで自身の使命感が乏しく「流れに身を任せ」て戦って、それで強い敵に何故か勝ってしまう主人公を目にしますが、私は前からそういう主人公のあり方に疑問をもってきました。(ああいうのは視聴者層の感情移入を考えてのキャラ設定だと思うので良い悪いは別で、完全に私の主観です)
 特に、この作品の構想を練っていたのがちょうど就職活動が終わってこれから社会人になるぞという頃だったので、「志望動機」を持たないで組織や活動に身を投じることに、当時は率直な違和感があったんです。
 私が会社で普段やってる机仕事なんて面倒臭いだけで全然危険じゃないですが、戦ったり空を飛んだりするのって、ものすごい怖い事だと思うんですよ。ちょっと気を抜けばすぐに堕ちて死んでしまう世界。平常心でそれを続けるには当然、悩んだり立ち止まったりあるんですが、やはり根底に強い使命感や自分を律する倫理感が必要だと思います。
 本作で涼宮のどかが魚をしめる短い場面、あれは天然やお人好しではない、彼女にしっかりしたベースがあるから戦えるんだという事を込めました。家族から愛され厳しくされて育って、故郷に根を生やした強いベースがある、だから悩む事はあってもここぞという時にへこたれない。
 一方でルーシー・モリンは登場時その対極においた感じです。
 傷ついた敗戦国エリート。優秀だけれども自身のアイデンティティを否定されてしまっている。その彼女がのどかと出会う事で少しずつ自分らしさを取り戻していく、彼女がもう1人の主人公といえるかもしれません。
 最後の食事シーンですが、釣られた魚がちゃんと成仏できるように大団円になりました(笑)戦闘も食事も、描写はまだまだ本当に拙いと思いますが、お褒め頂いて嬉しいです。励みにして頑張ります。


ガルーダのラフ画(冬月)

今後の展開は?

〔赤木博士〕
 このコーナーもそろそろ終了の時間が近づいて参りました。
 最後ですが、終盤にルーシーの妹がとても存在感を出していましたね。
 この作品は続編の予定は今のところないとの事ですが、モリン姉妹の今後や、バックで暗躍している謎の組織が個人的には気になります。

〔冬月〕
 この小説の続きですが、今のところ自分でもわかりません。
 実はこの作品の世界観で長編小説も書いていて、そこではセシリアやディータといった大人達が主人公です。
 この作品はその前座という予定だったので、一応は続編を書かなくても悔いが残らないように、この作品で私が伝えたかったメッセージは全て作品に込めたつもりです。
 ですが、続編を書く場合のプロットも勿論考えていて、そこではあのルーシーの妹が大活躍(笑)する予定です。
 改めて、読んで下さった皆様、本当にありがとうございました。今後とも何卒宜しくお願い致します。

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