高度産業社会と労働者

冬月


 現代日本社会は高度産業社会である。そして、高度産業社会の構成員の大多数は賃金労働者である。つまり、現代の先進社会を形成しているのは賃金労働者であるといっても過言ではない訳である。ならば、その社会における賃金労働者の発言力は相当強いものであってしかるべきであろう。しかし、現実にはむしろ彼らの立場は極めて弱いものである。何故なら、彼らは企業に雇用されることによって給与の支払いを受け、それによって生活しているからである。しかも、我が国においては、慣習や伝統に立脚した、他の先進諸国と比べ、極めて特殊な企業社会を形作っていたため、賃金労働者の権利を守る社会、法制度が著しく不足していた。その為賃金労働者は、人権や契約に基づく当然の権利を堂々と主張することすらはばかられていた。企業の意向に逆らえば、例え契約外のことであっても会社内での存在が危うくなる。このことについて、以降はより詳しく、主に我が国における労働者と企業、社会の関わりについて見ていこうと思う。
 バブル崩壊後、我が国の大企業は今に続く不況を乗り切る為に工場など製造部門の大規模な統廃合、本社や管理部門の大幅な機構縮小という措置をとってきた。それに伴って中間管理職、中高年ホワイトカラーを対象に、大々的な人員整理が行われてきたのである。それと平行して大企業、業種によっては中企業まで、安い労働力と広い市場を海外に求めて急速に多国籍企業化を図ってきた。その対象はアジア諸国、とりわけ中国である。中国の広大な土地と日本の二十分の一から三十分の一の賃金は、非常に魅力的なのである。
 この様に日本企業がアジア諸国に進出していった結果、アジアの製品が円高を利用して日本に逆輸入される様になり、それが広い業種にわたり、海外に進出する力を持たない中小企業の経営を圧迫するに至っている。主に大企業の海外進出自体が産業や地域の空洞化を招いてきたが、このアジアからの逆輸入によって中小企業がいよいよ経営困難に追い詰められ、産業の空洞化がますます加速されていると言えるだろう。そしてこの大企業の行動の被害を最も受けているのは、企業規模を問わず、職場で働いている労働者達なのである。
 その最大の特徴は徹底的な人減らしによる合理化、いわゆるリストラであるが、その方法は正規従業員に代わるパート・派遣などの不安定雇用労働者の導入、新規採用の停止・削減、特に新規学卒者の採用削減(但し、間も無く団塊の世代が定年を迎えるということで、二〇〇五年現在の新規学卒者の採用はバブル期並みに回復している様ではあるが。)、定年再雇用の中止、正規従業員の配転、出向、転籍、一時帰休、希望退職、解雇など極めて多様である。また、選択定年制などと呼ぶ早期退職優遇制(奨励制)の普及も目立つ。この面で、上記した様に、とりわけ中高年ホワイトカラーや管理職が標的にされてきた。
 この様に、賃金労働者は極めて悲惨な状況にあるといえる。しかし、労働者の権利意識が強く、その権利を守る制度が十分であれば企業もこの様な強行策に出ることはできなかった筈である。では、何故労働者達はこの様な扱いを受けても不満を言わない、もしくは言えないのであろうか?その精神的側面について少し考察してみたい。
 日本社会においては人の「和」が重んじられ、企業秩序のあり方としても個人の行動様式としても、集団内部の和と個人の集団への同調が強く求められてきた。この様な和の実態は、単にお互いの協力や協調にとどまらず、同じ集団の仲間がそれぞれの自己主張や個人的利害を集団の中に解消させ、互いに折れ合い譲り合いながら、全員一体となって集団の共通目標を達成する為、努力することを含んでいる。この様な和の精神は、今日でもいわゆる日本的経営の支柱として強調されているが、そこには個人の存在を軽視し集団の繁栄と集団秩序の確立を優先させる儒教的価値の影響が見てとれる。そしてそれは、欧米的個人主義に立脚した権利概念とは相反するものである。日本の労働者が権利の主張をそれ程しない原因は、それを許さない社会の「雰囲気」にあると言えるであろう。
 労働者の権利が抑圧されがちなのは、日本だけではない。世界の殆どの国において労働者は社会的弱者である。しかし、欧米先進国の労働者達は己の権利を主張することを躊躇う事はないのである。彼らは自分たちが不当な扱いを受ければそれを裁判という形で社会に訴えることに何の躊躇もないし、それが出来る制度も整っているのである。そこで企業側が裁判で負ければ賠償金を払わされることなり、この方が企業にとっての損害は大きく、企業イメージの低下も避けられない。結果として、労働者の権利意識の強さが企業側の安易な人員削減に対する抑止力となっているのである。だが、日本では上記の様な理由から労働者は己の権利を十分に主張することが出来ない。それがバブル崩壊後の不況の克服を内需拡大ではなく、日本企業の海外進出という安易な方向に走らせ、産業の空洞化やデフレスパイラルといった諸問題を引き起こし、今に至るまで根本的な解決には至っていないのである。
労働者の社会的地位向上の為に重要なのは、個人主義的権利意識を労働者の一人一人が強く持つことであり、もし企業側が権利を抑圧した場合には企業と闘うことを躊躇わない事であろうと私は思う。それが企業に積極的に労働者の権利を守らせる為の社会的圧力となり、安易な人員削減を抑制できるであろう。それは結果として、一人一人の労働者の相対的価値を向上させることに繋がり、ひいては社会における一個人の価値向上に繋がっていくと私は思っている。


BACK