うにさん誕生日兼6000HIT記念SS
『薔薇しんぼ』

〜母なる苺大福〜





あらすじ

近未来、人間とドールとが普通に共存する世界。
大手新聞社・薔薇新聞に勤める水銀燈は、二日酔いに寝坊遅刻の常習犯、出勤しても寝てばかりで競馬にしか関心の無い窓際族のグウタラ社員で、同僚の柿崎めぐをいつも困らせていた。
だが、水銀燈にはもう一つの顔がある。それは食べ物への非凡な才能。
薔薇新聞で特別企画『究極のメニュー』を任された水銀燈は、袂をわかった姉にして日本料理界の巨頭・真紅と対決する!




登場人物

水銀燈・・・薔薇新聞文化部の社員で、『究極のメニュー』担当。普段はだらしがなくて居眠りばかりしているグウタラ社員だが、食べ物の事となると非凡な才能を発揮する。

柿崎めぐ・・・同じく薔薇新聞の社員で、『究極のメニュー』担当。水銀燈のグウタラぶりにいつも困らされている。

槐・・・薔薇新聞の社主。我侭な性格でいつも職権濫用の業務命令を出す。一人娘の薔薇水晶を溺愛している。

白崎・・・薔薇新聞の編集局長。社主の横にいてごまをするのが日課。

蒼星石・・・薔薇新聞文化部部長。物静かだが有能で部下に優しい。変人変態揃いの薔薇新聞の上司達の中で唯一の常識人。

金糸雀・・・文化部副部長。身体が小さくていつも何やら奇声を発しながらちょこまかと走り回っている。

真紅・・・稀代の芸術家であり、会員制の一流料亭『ローゼン倶楽部』を経営する日本料理界の巨頭。実は水銀燈の姉だが、昔縁を切っている。帝国新聞の企画『至高のメニュー』を指揮し水銀燈の『究極のメニュー』の前に立ちはだかる。

























めぐです。
今日も水銀燈は隣の机でぐうぐう昼寝の真っ最中。
文化部のみんなから白い目で見られています。

「ぐう・・・ぐう・・・むにゃむにゃ、乳酸菌摂ってるぅ?・・・ぐう・・・」

「困ったわ、今度の至高のメニューとの対決の題材をなんにするか、そろそろ決めないといけないのに・・・」

そこへ――


「水銀燈〜!!!」

ドアがばんと開く音と共に突進してきた、薔薇新聞一小柄で薔薇新聞一奇行が目立つ金糸雀文化部副部長(長いので以下副部長)がそのまま水銀燈の寝ている椅子に突撃、床に捩じ伏せた水銀燈を卍固め!
(注意:コミカルな社内暴力の横行は元ネタに忠実に再現しました)

「ぎゃあああ!何するのよぉ副部長!」

「水銀燈〜何を居眠りしてるのかしらこの給料泥棒め〜社主がお呼びかしら〜すぐに社主室に来い〜かしら!!」

用件があるなら普通に話せばいいのに、何も大技を披露しなくても・・・なんともハイテンションな職場である。

「ははは、金糸雀君。もう少し穏やかにね。柿崎君も、ちょっと来てもらえるかな?」

そういいながら金糸雀の後ろで穏やかな微笑をたたえているのは蒼星石文化部部長。
どういうわけか変人ばかりのこの新聞社で、唯一常識的で社内で一目置かれている人物であるが、部下のこの奇行を日常的なものとして受け止めている時点で既に毒されているのかもしれない。

そんなこんなで水銀燈とめぐは、社主室へと連れて行かれた。

「水銀燈、柿崎君。君達二人に頼みがある」

開口一番にこう切り出したのは、この薔薇新聞の経営者、槐社主。
やたら豪華な社主室の大きなデスクの向こうでゆり椅子に座ってキコキコ揺れている。
一見貫禄があるが、実際はとても幼稚で横暴だ。
その横に立つのは白崎編集局長。
季節気温に関係なく気障なスリーピースのスーツを着こなす男(もっとも年中黒服の水銀燈もいい勝負だが)で、一応編集局長という設定ではあるが、社主の横に立っているのしか見たことのないという人間が多い。

「頼みってねえ、こちとら仕事があるんですよ、なんでこういちいち社主の私用で呼び出されなくちゃなんないの!」

「嘘つけかしら!一日寝てるくせに!」

文句を言おうとした水銀燈ではあるが、副部長にあっさり一蹴される。

「で、頼みとはこの子のことなのだが」

社主に促されて、一同は驚く。
それまで揉めていて気付かなかったが、デスクの後ろに小さなドールの女の子がうずくまっている。

「あ、わかったわぁ!その子槐社主の隠し子でしょう!」

「なわけあるか!私の娘は薔薇水晶だけだ!」

水銀燈が軽口で社主をからかい、社主が不必要にムキになって不毛な言い争いが始まる。
仕方が無いので白崎局長がこほんと咳払いをして、話を進める。

「実は今朝我が社の玄関にね、この子が入った乳母車がおかれていたんだよ」

「え、それじゃあ・・・!」

めぐが息を呑み、水銀燈も冗談を言うのを止める。
場の空気が重くなったのを感じ取ったのか、子どもが泣き始める。

「車には母親の手紙と思しきものがあってね、生活が苦しくてこの子を育てていけません、どうか誰か育ててくれる人を見つけて下さい、と・・・
本来なら警察に届けるところなのだが、事情が事情だし、こうしてしばらくの間我々が預かる事にしたんだよ」

「へえ、社主達もたまには優しい事をするんですねぇ!その優しさをどうか社員にも・・・」

「茶化さないの水銀燈!・・・ねえ、あなた名前なんていうの?」

めぐがかがんで優しく話しかけると、女の子は泣きながら答えた。

「ぐすっ・・・ヒナはね、雛苺って名前なの・・・ぐすっ、お母さん・・・」

「それでだな、君達を呼んだ理由は、他でもないその子の好物のことなのだ」

「好物!?」

めぐと水銀燈が驚いた顔をする。

局長が再び説明する。

「お腹が空いてるだろうと思って食事を用意しても、泣いてばかりで食べてくれないんだよ。それで、しきりに食べたい物の事を言うんだが、どうもわからなくて・・・」

「それを私達に見つけろっていうの?やーよそんなの、面倒くさい」

水銀燈は苦々しげに首を振った。

「黙れ!これは業務命令だぞ水銀燈!さっさとこの子の好物が何かつきとめるんだ!」

「全く、何かあればすぐ業務命令業務命令・・・社主の職権濫用もいいところよ!大体私はね、こういう駄々こねてるガキは嫌いなのよ!」

社主と水銀燈がいがみ合っていると、めぐがぽつりと呟いた。

「多いよね、最近、ドールの捨て子・・・」

「・・・・・!」

水銀燈は押し黙る。

「無責任だよね・・・。人間そっくりな生きた人形という事で、バブルの時は子ども代わりにとみんなもてはやしたものだが・・・」

「今は不景気だからかしら・・・可哀相かしら・・・」

後ろで蒼星石部長と金糸雀副部長がため息をついているが、水銀燈は、違う事を思い出していた。

「捨てられた・・・」

過去の光景がフラッシュバックする。

――ジャンクのお前などローゼンメイデンではないのだわ!私の妹でも何でも無い!この家から出て行け!!

振りほどかれた手。
微かな紅茶の香り。
遠い昔の日、信じ、愛していた人に裏切られた記憶。

「そう・・・私も・・・私も、捨てられた・・・・・・」

「水銀燈?」

「どうしたのかしら?」

皆に呼ばれて、水銀燈は我に返る。

「わかりました・・・この子の好物、この水銀燈が必ず探して見せます!」

水銀燈は拳をぎゅっと握り締めた。

「よし、頼んだぞ水銀燈!」

「よかったなお嬢ちゃん、ここにいる水銀燈という奴はいつも仕事をさぼってばかりいるとんでもない怠け者なんだが、どういうわけか食べ物の事にだけは詳しいんだ」

「こらー子どもに何変な事教えてるんですかー!!」

いつも通りの笑い声が社主室に響くのだった。




※ ※ ※ ※ ※




「それじゃあ、雛苺ちゃんの好物はどんな物なのか、お姉ちゃんに話してくれるぅ?」

女の子の目の高さまで身体をかがめて、水銀燈がにっこり笑って訊ねる。

「わあい!ヒナの好きな物持ってきてくれるのおばちゃん?」

ピキン!
水銀燈のこめかみに、くっきりと青筋が浮かんだ。

「お、お、おばちゃんですってえ・・・」

「まあまあ、で、どんななの?」

今にも子ども相手に暴れだしそうな水銀燈を取り押さえて、めぐが代わりに訊ねる。

「うんっ、えーっとねえ、ヒナが好きな物はぁ、こんなで、こんなで、こ〜んななのぉ!」

どこに隠し持っていたのだろう、社主室の床にクレヨンで絵を描き始める女の子。

「こんな風に、赤くって、白くって、それで、うにゅうってしてるのぉ!!」

「どう?」

めぐが後ろの水銀燈を見上げる。

「どう、って言われてもねえ・・・これだけじゃ抽象的すぎてなんとも・・・」

水銀燈は腕組みしてしまった。

「えーんえーん、ヒナお母さんに会いたいの〜!!」

女の子が再び泣き出し、社主まで怒り出す。

「おい、必ず見つけるって言ったじゃないか!貴様、食べ物だけがとりえのくせにこれでもし見つからなかったらクビだからな!」

「ええっ、そんな横暴な・・・」

「うるさーい!業務命令だ、さっさと見つけてこんかー!!」




※ ※ ※ ※ ※





「うーん、困ったわねえ・・・」

水銀燈とめぐがあれこれ考えながらあてもなく社内を歩いていると、向こうの方で何やら二人の社員の話し声がする。

「おお、あれは薔薇新聞一オタク社員コンビの葛城と赤木じゃないの・・・」

葛城「ほら見ろよ、これageの新作ゲームで、『君が望む永遠』って言うんだぜ!」

赤木「へー、私は純愛ゲーなら断然keyのKanonだと思うけど?そのゲームそんなにいい話なの?」

葛城「もうね、泣けるんだよすっごく!メインヒロインの涼宮遙の事故シーンなんて、プレイしててショックで寝込んだ人もいるってよ!」

赤木「涼宮ハルヒ?」

葛城「ちがーう!ハルヒじゃない、はるかだよ遙!あんな低俗なラノベと一緒にするなっての!まあ個人的にはこのゲームで一番のお気に入りはなんといっても大空寺あゆだけどね!」

赤木「ふうん、どうして?」

葛城「すっごいツンデレで萌えるんだよ!顔とかスタイルも完璧でさ、主人公と喧嘩してほっぺたをむにゅーってひっぱられるシーンとかもう最高!ああいうの餅肌っていうんだろうな!」

赤木「たく、これだからツンデレ廚は・・・」

二人は話に夢中で水銀燈たちに気付かないまま通り過ぎていった。

「やれやれ・・・・・ん、待てよ?」

何かひっかかるものを感じて、水銀燈は立ち止まった。

「どうしたの?」

「今のあの二人の会話を聞いてて、何か閃いたのよ!むにゅー・・・餅肌・・・餅・・・・・そうか、それよ!」

水銀燈は突然大声を上げた。周りの人が驚いて振り返る。

「ちょっと、どうしたのよ?」

「わかったのよぉめぐ、あの子の好物が!」




※ ※ ※ ※ ※




再び社主室。

「何、わかっただと!?」

「で、それは何なんだ?」

「ふっふっふ・・・それはね」

揃って身を乗り出す社主と局長に、勿体つけて水銀燈は答える。

「苺大福ですよ」

水銀燈の返事に、二人はきょとんとなる。

「・・・苺大福?」

「なんだね、それは?」

「おやおや、天下の薔薇新聞の社主と局長が、苺大福を知らないとは」

水銀燈が高笑いし、また揉め事になる前にそれを押しのけてめぐがフォローする。

「お二人がご存知ないのも無理はありません。
苺大福の歴史はとても浅くて、昭和60年頃に生まれたとても新しい和菓子なんです。
発祥は新宿住吉町の和菓子屋とされているんですが他にも元祖を名乗る店が複数ある事から、どれが正式な苺大福なのかはわかっていません。
基本的には小豆餡の中に生の苺が入った大福で、イチゴだけのタイプの他にも、イチゴと生クリーム、イチゴと白餡など、色々な種類があります」

「若者の和菓子離れが進んで和菓子業界は衰退の危機に瀕していたけど、この苺大福は女子高生とかに凄い人気で、和菓子復興の一助になってるらしいわよぉ」

水銀燈が付け足す。

「ほほう、和菓子業界を盛り上げるのに役立っているのか!それは私も大いに興味がある」

日本の伝統文化の保護に並々ならぬ情熱を持っている社主はとても感心したようだった。

「よし、秘書に頼んで早速買ってきてもらおうじゃないか」

「あの〜社主・・・」

横に立つ白崎局長が言いにくそうに口ごもる。

「あの秘書の件でしたら、昨日ご報告したようにもう・・・」

「あ、そうか、もう辞めたんだったな。じゃあ白崎、君が買ってくるんだ!」

「かしこまりました」

白崎局長は優雅に一礼すると、突如八頭身の兎に変身して、壁に立てかけた鏡から出かけて行く。

「・・・!これなんてどこでもドア・・・?」

超常現象に唖然とするめぐをよそに、水銀燈は社主に訊ねた。

「あれ、社主の秘書どうしたのぉ?」

「ああそれがね、ずっと真面目に勤めていてくれたんだが、先週の日曜日私が薔薇テレビの社長とゴルフに行くので娘の面倒を見てくれと頼んだら、その次の日から出社しなくなって、とうとう辞表を出してきてね。一体どうしたんだろうな、真面目な秘書だったのに・・・」

「え、娘って、薔薇水晶の子守を!?ぷぷぷ、そりゃ辞めるってぇ」

「き、貴様、どういう意味だそれは!!」

「ぎゃー!暴力反対よぉ!」

めぐを除いて誰も、消えた白崎局長を気にする者はいなかった。




※ ※ ※ ※ ※




社主室の机の上には、大小様々な苺大福が並べられていた。
人間の顔に戻った局長が、ハンカチで汗をぬぐいながら説明する。

「いや、驚いたよ。苺大福なんてこれまで聞いた事も無かったが、こうやって探してみると和菓子屋、スーパー、果てはコンビニや99円ストアまで、どこでも売ってるんだなあ」

「うむ、短い間でここまで国民に親しまれる食べ物になるとは、よほど美味しいんだろうな!」

二人でしきりに感心している局長と社主。
しかし局長が買ってきた苺大福を一目見回した水銀燈は顔をしかめた。

「局長・・・買ってきた苺大福はこれで全部ですか?」

「ああ、そうだ。おい、何か不満があるのか?これなんかデパートの和菓子売り場で買った一番の高級品で、何でも京都の高級和菓子屋から取り寄せてるものらしいぞ。あの子もきっと喜ぶだろう!」

「水銀燈、この苺大福に何か問題があるの?」

めぐが水銀燈の顔を心配そうに覗き込む。
水銀燈はビニールでパックされたスーパーの苺大福を手に取ると、肩をすくめた。

「・・・・・まあ、ものは試しよ。社主、女の子を連れてきて下さい」

「うむ」



しばらくして雛苺が部屋にやってきた。
何故か金糸雀副部長と蒼星石部長も一緒だ。

「みんなどうしたの〜・・・あ、うわーい、ヒナの大好きなうにゅうだー!!」

部屋に入るなり机の上の苺大福を見つけた雛苺は、大喜びで手近な苺大福を手にして、ビニールをはがすとかぶりつく。

「おおよかった、気に入ってもらえて・・・」

「やはりこれが好物だったんだな。でかしたぞ水銀燈!」

社主と局長は大喜びだ。
しかし。

苺大福を一かじりした雛苺は、そのまま暗い顔をすると、途中で食べるのを止めてしまった。

「これ・・・うにゅうじゃないの・・・・・・ヒナ、これ不味くて食べられないの・・・」

「何だって!?おい水銀燈、やはり違う食べ物だったんじゃないのか!?」

かんかんになった社主が水銀燈に掴みかかり、乱闘が始まりかけたがめぐと蒼星石部長が間に入って止める。
その間も雛苺は暗い顔のままだった。
水銀燈は驚かずに、雛苺に訊ねる。

「どう、雛苺ちゃん?この大福が雛苺ちゃんの大好きな“うにゅう”とどう違うのか、教えてくれないかな?」

「うん・・・あのね、形は同じなんだけどね、なんか変な味がするの・・・甘いんだけど、本当はもっとさっぱりした甘さなの。食べた感じもなんだかくちゃくちゃしてて・・・本当はね、もっとうにゅうっ!ってしてて美味しいのに・・・」

子どもながらの語彙ではあるが、一生懸命に説明する雛苺。
他の全員が狐につままれたような顔をする中、水銀燈だけは我が意を得たりと大きく頷いた。

「そっか・・・そうよね。それじゃ雛苺ちゃん、ごめんけどこの大福も食べてみてくれない?」

そういって、先ほどと違い立派な包み紙に入った苺大福を渡す。

「どう?」

「うーん・・・・・こっちはさっきのよりまだ美味しいけど、でもなんだか中がぱさぱさしてるの・・・」

「なんだって!」

大声を上げたのは局長だ。

「これは、デパートで買った京都の高級品じゃないか!不味いはずがない!お嬢ちゃん、お母さんに会えなくて寂しいのはわかるけどさ、あんまり我侭を言って大人を困らせちゃいけないよ!」

「うう・・・ヒナ、我侭言ってないもん・・・本当に、これうにゅうじゃないもん・・・ううっ、お母さんに会いたいよお・・・・・ひっく」

雛苺が再び泣き出し、一同は頭を抱える。これで振り出しに戻ってしまった。

すると水銀燈がしゃがみこんで、雛苺の肩に手を置いた。

「・・・そうよ、この子の言う通りよ」

「え!?」

「ど、どういうことなんだ、水銀燈?」

「局長、社員食堂の厨房を貸してもらえませんか?」

「何?」

「この水銀燈が、今から本当の苺大福をつくります。・・・安心してね雛苺ちゃん、これからお姉ちゃんが雛苺ちゃんの大好きなうにゅう、食べさせてあげるから」

そう言って、水銀燈はにやっと笑った。




※ ※ ※ ※ ※




「案外知られていないことだけど、苺大福は何も和菓子屋でないと手に入らないものじゃないわぁ。家の台所でも簡単に作れるのよ」

そう言って水銀燈は必要なものを指示していく。

「苺は小さすぎず大きすぎない、Lサイズぐらいのものを。無農薬有機栽培で、まだ熟していないものがいいわぁ。それから白玉粉、餅は本格的に餅をついてもいいけど敢えて餅粉、片栗粉、砂糖、後白餡も本当は市販品じゃなくて自分で作りたいんだけど、煮込むだけで三時間、小豆を水に浸す下ごしらえもあわせるともっとかかるから今日は知り合いのお菓子屋さんから譲ってもらうわ。局長、お願いします」

「承知」

再び白崎局長が兎に変身して鏡に入って行くが、めぐももうつっこむ気にならない。

局長はすぐに必要なものを揃えて帰ってきた。いよいよ水銀燈の苺大福作りが始まる。
まず水銀燈は用意された苺を洗わずに、代わりに刷毛を取り出した。

「えっ、洗わないのかしら?」

金糸雀副部長が驚いて訊ねる。

「ええ、だから無農薬の安全な苺を選んだのよ。もっとも農薬は水で洗ったぐらいじゃ落ちないけどね」

そういいながら、水銀燈は刷毛で苺の表面の汚れを丁寧に落としていく。

「苺大福はなんといっても苺の旨味が決め手なの。ところが苺は表面がいわば半透性だから水っぽくて風味の弱い果物で、洗うと旨味が水に流されて、どこかピントがぼけたような味になってしまう。みんなもそんな経験無い?だから水で洗わず、こうやって汚れは刷毛で落とすの。
手間はかかるけど、苺本来の旨味が保てるわ。当然、へたも白餡で包む直前まで切らない。苺を切って長時間放っておくと、切ったところからエキスが流れ出て苺の美味しさが半減するわ」

「なるほど・・・苺は果物の中でも特にデリケートだからな。丁寧に扱わなければいけないわけだ」

蒼星石部長が感嘆の声を上げた。

「白餡で苺を包む時は、薄く包むように注意する事。苺の味を引き立たせるためよ。包んだら次は大福餅を作るわ。
白玉粉に水を少しずつ入れながら、ゆっくりなめらかにしていく。そこに砂糖と餅粉を少しずつ交互に入れる。ここで注意しないといけないのが、ダマができないように練る事。
ダマができてしまうと、きめ細やかな餅にはならないわ・・・(中略)・・・
・・・十分に練ったら、沸騰した蒸し器で15分ほど蒸す。竹串でさしてみて、白い生地がついて来なければOKよ。
そうしたら生地を鍋に入れて、へらで3分間つくようによく練る。つきあがった餅で苺あんを包んで・・・はい、出来上がり!」

「なんだか、水銀燈のつくる食べ物にしては変わった種や仕掛けが無いんだな」

社主が首を傾げる。

「そうですよ、一般家庭でもさほど負担も無く作れる作り方を選びました。さ、雛苺ちゃんに食べてもらいましょう」

「うん・・・」

雛苺は恐る恐る水銀燈が作った苺大福を口にして、次の瞬間歓声を上げた。

「うわ〜!!うにゅうなの〜!!ありがとうおばちゃん!!」

「だから、おばちゃんじゃないっつうの・・・」

大人達も、水銀燈の苺大福を食べて一様に驚愕する。

「うおっ、う、美味い!なんだこれは!」

「むひょっ!食べた瞬間に口いっぱいに弾けて広がるこの真っ赤な苺の甘酸っぱさといったら!」

「まるで採れたての生の苺に思いっきりかぶりついたような、鮮烈な苺の味だ!」

「苺だけじゃないわ・・・この餅!とても柔らかで、しっとりしていて絹のように、きめ細やかで、それでいてしっかりしている・・・本当、これは正に『うにゅう』としか形容できないわ!」

「子どもの頃、母親の胸に抱かれたのを思い出す、そんな柔らかさだよ!」

「白餡もくどすぎず、とても上品な甘さだ・・・私は和菓子は苦手だったが、これならいくらでも食べられるぞ!」

「味だけじゃなく食感も素晴らしいのかしら!しゃきしゃきした生の苺の歯ごたえ、それにふっくらもちもちした餅が合わさって、最高のハーモニーを奏でているのかしら!」

「あー美味い!美味過ぎて死ぬ〜!!」

「これが本当の苺大福だというのか・・・!だとしたら、今までに僕達が食べてきた苺大福は一体なんだったんだ・・・」

「そう、それだよ」

蒼星石部長の疑問に、局長が我に返った。

「水銀燈、今君が作った苺大福は、私が買ってきたものとどうしてこんなに味が違うんだ?」

「・・・それには、この二つの苺大福について説明をする必要があります」

水銀燈は、局長が買ってきた苺大福を二つ、テーブルに置いた。

「一つはスーパーで売られている苺大福、もう一つは京都の高級和菓子屋から取り寄せたというデパートの苺大福です。まずはスーパーで売られている方ですが・・・」

水銀燈は大福をひっくり返して、パッケージの裏に刻印されている賞味期限を皆に見せる。

「本来苺大福が生菓子なのは、今皆さんがご覧になった通りです。にも関わらずこの商品は常温保存で、賞味期限は何と十日後になっています」

「なんだって!」

「どうしてそんなことができるの?」

「勿論、普通ならできないことよ。特に苺は生き物だから、へたを取って餡で包むと呼吸できなくなって、時間が経つにつれどんどん酸味が強くなっていくはず。ところがこの苺大福の中の苺はいつまで経っても甘い。
それに餅も本物の餅ならついた翌日には固くなって、苺大福の食感は維持できない。
それなのにいつまでも柔らかいのは、保存料や合成食品添加物を使っているからです」

「そ、そんなのまがい物じゃないか!」

「苺は輸入物で農薬まみれの粗悪品を使い、日持ちするように熱加工済み。見た目ばかり生に見せようと苺には着色料を使って無理やり赤くし、餅は綺麗な白にしようと漂白剤まで使います。長持ちして見た目も美味しそうだからスーパーやコンビニにとって商品価値は高いでしょう。ですが肝心の味は、どんどんやせ細っていく」

「なんてことだ!漂白剤を使ってるなんて!」

「ひどいわ・・・」

「僕たちは知らない間に、そんな有害な食品を食べさせられていたのか・・・いつまでもふにゃふにゃと柔らかい餅、いつまでも甘ったるい苺・・・それがどんなに不自然か気付かないほどに、僕たちの生きているこの国は汚染されてしまってるんだな・・・」

深刻になる一同。
ふと、めぐが二つ目の苺大福の事を思い出す。

「ちょっと待って、二つ目は京都の高級和菓子屋がつくった苺大福なのよね?それなら添加物や保存料は無いと思うんだけど・・・」

「確かに。
高級店の苺大福は、餅にも高い餅米を使っているし苺も大粒、添加物や保存料は当然使っていないわぁ。
でも、実際に食べてみると味の差が歴然と出てしまう。
問題なのは、つくっているのが京都の店だということよ」

「あ!」

何が問題なのかを悟ってめぐが目を見開く。

「そう、この苺大福は日持ちさせるためにいったん冷凍してしまっているのよ。
これは京都でなくて、東京の和菓子屋でも同じ。
どんな高級店でも、お金儲けを目的に作っている以上、あまりロスを出したくないという実情がある。
だから売れ残ったものは冷凍保存してしまっている店が多いわ。
業務用の冷凍庫で瞬間冷凍すれば美味しさは変わらないってどこの店も説明してるけど、実際には顕微鏡レベルで組織が破壊され旨味が失われる。
どんなに冷凍技術が進歩しても、微妙な食感をごまかせるもんじゃないのよ」

「そうだったのか・・・」

局長ががっくりと肩を落とす。

「どんな高級品だろうが、冷凍して京都から東京まで運べば味が悪くなるのは当然だ・・・大体苺大福は東京発祥のものなのに、それを和菓子といえば京都、というブランドイメージに騙されてすっかり目がくらんで、舌までどうかしていたよ。全く情けない・・・。ごめんねお嬢ちゃん、我侭だなんて怒ったりして」

局長が雛苺に頭を下げると、雛苺は首を横に振る。

「ううん、もういいの!ヒナね、うにゅうが食べられてとっても嬉しいの!」

「そうか・・・君のお母さんは、作りたての苺大福を食べさせていたんだな・・・」

「ええ、間違いありません」

水銀燈は頷いた。

「自分で作っていたか、もしくは信用できる和菓子屋で作りたての苺大福を買って、その日のうちに与えていたのでしょう。
今回の件で、一つだけ解せないことがあります」

「なんなの、水銀燈?」

「その子の性格と好きな食べ物を知れば、自然と親の顔も見えてくるといいます。こんなに性格が良い子に育てて、しかも子どもに食べさせるおやつ一つにまでここまで心を配っていた。
心底この子を愛している、優しいお母さんでないとできないことだと思います。それなのに、どうしてこの子のお母さんは・・・」

「ぐすっ・・・お母さん・・・・・」

母親の事を思い出して、雛苺が涙ぐむ。その時・・・

リリリ、リリリ・・・

電話が鳴る。

「白崎だ。・・・・・何!?」

受話器をとった局長の顔色が変わった。

「社主、その子のお母さんが見つかったそうです!」




※ ※ ※ ※ ※



「柏葉巴と申します・・・」

応接室に通された女性は、まだ若くてくっきりと目鼻の整った美しい顔立ちをしていたが、心労が重なったせいかひどくやつれていた。

「事情を聞いてもいいですか?」

水銀燈が訊ねる。

「はい・・・私が秘書の仕事をしていた会社が、先月不況で倒産してしまいまして・・・代わりの仕事も見つからず、この子を育てる自信も無くして、いっそ死のうと・・・ううっ」

女性は顔を覆って泣き崩れ、真っ青になった雛苺がすがりつく。

「そんな!お母さん死なないで!ヒナなんでも我慢するから!お母さん!」

「雛苺・・・ごめんね、お母さんもう・・・・・」

「こんな優しい子を残して死んじゃだめだ」

蒼星石部長が母親の肩にそっと手をおく。

「僕たちも協力するよ。新しい仕事、必ず見つかる」

「それについては、ここにいる槐社主が解決してくれると思うわぁ」

「ん?何のことだ水銀燈?」

「ほら、秘書がいなくて困ってるんでしょう?ここに適任がいるじゃないのぉ」

「ああ!そうだ!」

社主がぽんと手を打つ。

「巴さん、是非我が社に来て下さい!こんな美味しい苺大福を娘さんに食べさせているような優しいお母さんなら、大歓迎ですよ!」

「ええっ、本当ですか!?ありがとうございます!!」

「わあい、良かったねお母さん!」

親子が抱き合い、一件落着と皆も笑顔を浮かべる。

「あ、でも巴さん覚悟した方がいいわよぉ!この社主実はただのスケベおやじで、おまけに娘は輪をかけて異常な・・・・ぐぎゃっ!」

例によって例のごとく一言多い水銀燈に局長の蹴りが入り、社主に関節技をかけられる。
そして例によって例の如く誰もそれを止めようとせずにこにこ微笑んで、和やかなハッピーエンドとなった。




※ ※ ※ ※ ※




数日後。

豪壮な和風邸宅の一室。
薔薇新聞と部数を競うライバル、帝国新聞の重役達が、ある人物の下座に並んで正座している。

庭のししおどしが高らかに鳴り、上座の人物は静かに訊ねた。

「・・・それで、究極のメニュー側からはなんと?」

「は・・・それが、なんでも次の対決の題材は、苺を使った料理にしたいと」

「全く、薔薇新聞の連中は何を考えているのだ!よりにもよって苺なんかで先生と対決したいなどとは・・・」

「どうなさいますか、真紅先生。もしお嫌でしたらすぐに断りますが・・・」

しばしの沈黙があった。

「・・・・・いや、向こうの要求通り、苺料理で対決しよう」

上座の人物の言葉に、一同低頭する。


「・・・至高の苺料理、見せてやるのだわ」



つづく(のか?)


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