平成19年4月、神鏡は冬月の小説『ELDER SISTER』の扉絵として、『An Encounter』の扉絵と共にこのイラストを冬月に贈りました。
『ELDER SISTER』は、神鏡の『異邦人達の終着駅』(当時)で冬月が最初に連載に着手した作品であり、これを応援し支える神鏡からの最大のプレゼントが、このイラストであるといえます。
『ELDER SISTER』の扉絵は二年前の連載開始当時から神鏡と冬月の間で構想が練られてきましたが、その中で冬月が特に要望していたのが、この物語にとって最も重要なキーワードであると冬月が位置づける『塔の上の少女』のイメージをモチーフにする事でした。
物語の冒頭で、冬月は主人公の回想シーンでSF作品としては異色の、ファンタジックな御伽噺を挿入しています。




・・・・・・それは、私がまだこの世界のことを何も知らずにいられた頃のこと。

両親の帰りが遅い夜、姉さんは寝る前によく私にお話を聞かせてくれた。

悪い竜を退治した神様の話や、竹の中から出てきたお姫様の話。

古典の研究をしていた母親の影響なのか、姉さんは歳の割にそういった古い童話や伝承にとても詳しくて、たくさんの話をして聞かせてくれたが、その中で一つ、強く印象に残っているお話がある。

 そのお話は他の物語と較べると何だか少し風変わりで、それにちょっと怖かったのだけれど、どういうわけか私はそれが一番のお気に入りだった。

私がそれをせがむといつも姉さんは、これは本当は人に聞かせるためのお話じゃないのよ、と困った顔をしながら、それでも最後には聞かせてくれるのだった。







その世界の中心には、空に向かってどこまでも伸びる高い高い塔がある。

黄昏時の淡い夕日を浴びて、天国への階段のように神々しく輝いている。

塔の一番高い場所には女の子がいて、涙を流しながらうたを歌っている。

溢れる涙は塔を伝い地へと流れ落ち、涙が紡ぎ続ける清らかな調べは、光となって空へ昇っていく・・・・・・。





・・・・・・いつも私は不思議だった。

その『塔の上の女の子』の話には、昔話によくありがちなオチや教訓めいた意味のようなものが無くて
、同時に物語としてはあまりに断片的で説明不足のような気がしたからだ。だから私はある時訊ねてみたことがあった。


私はその時した会話をはっきりと――そう、姉さんの細やかな息づかいまで、十八年という歳月を経た今でも、鮮明に思い出すことができる。



――どうして女の子は泣いているの?

それは、悲しいから。

――どうして女の子は悲しいの?そんなにすてきな場所にいるのに。

それは、誰も女の子のうたを聴いてくれないから。

――どうして誰も女の子のうたを聴いてくれないの?そんなに清らかな歌声なのに。

それは、その世界にはもう、誰もいないから・・・・・・。
(ELDER SISTER 序章からの引用)







冬月がこの作品を大学サークルの部内誌に寄稿した数ヵ月後、新海誠監督の『雲のむこう、約束の場所』が公開され、そこでこのイメージと酷似する設定が登場します。
盗作のそしりを受ける恐れを懸念して周囲には作風の転換を勧める声もありましたが、冬月は断固としてこのイメージにこだわります。
そして神鏡は、その才能と友情で、冬月の要望に応えました。
構想二年、作成一ヵ月を費やしてついに完成したこのイラストは、神鏡の卓越した才能が余すところ無く発揮されています。
中央に描かれているのは主人公の藤沢詩織。
一見しただけではわかりませんが、窓から宇宙を見ている詩織を、詩織自身の視点から描くという、ユニークな構図が用いられています。
つまり描かれているのはガラスに映りこんでいる藤沢詩織です。透明感があってどこか実体から浮いた描写、一緒に映りこむ星、実体として左に描かれた手袋の手がそれを理解する手がかりとなっています。

ガラスにあてた彼女の手の先には、本来ガラスに映るはずのないものが映っています。

夕暮れの空と塔、そして歌っている少女の虚像。
構図的にはガラスに映っていますが、詩織の心の中に去来するイメージとしての『塔の上の少女』がそこに描かれているのです。


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