平成19年・水銀党本部10000HIT達成記念代表演説

次代に向け、水銀党は『アンチ』から『帝国』への脱皮を

冬月

かつて、水銀党員を名乗る事は“異端”であった。

まだRozen Maidenと呼ばれる作品が漫画のそれしか意味しなかった時代、多くの読者にとって水銀燈とは単に不気味な敵役でしかなく、その支持を唱える者はRozen Maidenファンの主流とは到底言えない少数の異端派だった。
アニメ版Rozen Maiden第一期が公開されてその知名度がにわかに上昇し『水銀党』という集団がどこからともなく生まれ台頭するようになった後になってもまだ、世間一般に認知されていたいわゆる『水銀党員』とは、アニメ版になって新たに加えられた水銀燈の女王様然とした味付けに心酔するM属性の人々か、もしくは製作スタッフが「一番力を入れた」と自負したその群を抜いて華麗な服装と容姿を愛でるゴシックロリータの愛好家達、あるいは田中理恵の彼女の従来のレパートリーにない斬新な演技に感動する声優信者が大半を占め、そうした悪く言えば表面的・記号的な志向の中で、水銀燈の魅力のより内面的な側面を見抜いていた者は極めて少なかった。

そして、これは今回私が主題にしたい事だが、これら水銀燈人気と水銀党の躍進が、メインヒロインである真紅へのアンチテーゼによって多分に鼓舞され推し進められてきたという厳然とした事実から、我々は目を背けるべきではない。

この時代の他のいくつかの作品にも見られる傾向であるが、メインヒロインが感情移入する上での欠陥の多い不人気キャラである事から、第二第三のポジションにつけるヒロインは必然的にアンチファンの受け皿となっていた。
Rozen Maidenにおいてその恩恵をもっとも受けたのは真紅陣営に属しながらもその極めてわかり易いツンデレな性格で独自の魅力と存在感を発揮する事に成功していた翠星石であり、アンチ真紅ファンの中でも穏健派に属したファンのほとんどがこの翠星石に流れた。
だが同時にこれら桜田ファミリーそのものを敬遠する過激派の人々が水銀燈支持に走ったのも事実であり、結果的に真紅の不人気が水銀党の勢力拡大の一助となった事は否定できない。
こうした真紅及び桜田ファミリーを疎ましく思う人々の受け皿という成り立ちの要請から、水銀党は組織の求心力を維持するためにその主張を先鋭化せざるを得なかった。
あたかも9・11事件と北朝鮮問題が小泉・安倍政権による日本新保守時代を到来させたのと同じように、真紅の不人気、真紅の言動が内包する欺瞞への反感が水銀燈支持者の戦意に燃料を投下してきた。
これは水銀党が今日も内部に抱える深刻な構造問題である。
水銀燈を支持する事は真紅や主人公達へのアンチテーゼとしばしば同一視され、時として一方的な感情論に火をつけてネット上での一部の水銀党員の行動を過激化させた。
水銀燈を愛するがあまりとはいえ、他のドールとそのファンへの誹謗中傷や、ネット投票所への大規模な不正投票など、「荒らし」と批判されても仕方の無い行為がある時は個人によりそして遺憾であるがある時は組織化されて実行され、一時期ウィキペディアでは水銀党員について「マナーに欠けている」という水銀党にとって極めて屈辱的な論評さえ為された。

一水銀党員として敢えて言うが、何かの進歩や発展が常に社会にきしみをもたらすように、この時期の水銀党の急速な勢力拡大の過程にこうしたアンチテーゼという非紳士的な負の側面も存在していた事から我々は目を背けるべきではないし、今現在も消えずに我々の内部に残存している問題としてこうした過去の悲しい部分に反省し自戒しなければならない。
勿論一般的に爆発的な流行や革命とは、強烈なエネルギーによる情熱の火山の噴火であり、それは必然的に暴力的側面ももっているから、そのような自然の論理でアンチを正当化する事も不可能ではないだろう。
だが、独立戦争や体制への革命が一定の勝利によって終結するのと同じように、その現状のパワーを無視して永続するアンチテーゼもまた存在しないし、してはならない。
これまで自分達を『主流派に虐げられる少数派』だという一種の被害者意識で真紅や他のキャラクターへの攻撃的あるいは非友好的なアンチを展開してきた水銀党員は、意識を変える必要があるという事だ。

今、我々のおかれた立場を顧みて欲しい。
当初は予定されなかったアニメ第二期Rozen Maiden träumendでの水銀燈の奇跡の復活がファンである我々水銀党員の声によって製作側を動かして実現した事は、我々にとって『一定の勝利』以上の戦果ではなかったのか。
しかも、製作側の水銀燈への優遇はそれだけでは済まなかった。
ネットラジオやドラマCD等など数々の水銀燈が主役のイベント、そして何より決定的だったのが、水銀燈を事実上の主役とする特別編、ouvertüreの放送だった。
他のドールのファン達は当初、自分の支持するドールのための特別編もいずれは作られるはずだと期待していた。だが特別編は、水銀燈のためにしか作られなかった。
決して、水銀党員が他のドールのファンに数で勝っているわけではない。確かに水銀党は組織力に秀でてはいるが、逆に言えばそれは少数派ゆえの必要に迫られての事だ。
ネット上で普段から組織的な活動を展開する『常備軍』を有し、大きな声を上げている水銀党は目立つので一見数が多いように見えるが、実際の数はよりポピュラーな翠星石ファンに比べて劣勢である事はこれまでのネット投票から明らかである。
そしてネット上で意思表示しない「声無き声」とも言える潜在的な真紅ファンの数は、これをはるかに上回るだろう。それをわからぬ製作側ではない。
にも関わらず製作された水銀燈のための特別編は、勧善懲悪的な第一期で煮え湯を飲まされた多くの水銀党員にとって、水銀燈のあらゆる行動にレジティマシーを与える、正に最高のクリスマスプレゼントだっただろう。
もはや、水銀燈はネット上の一部のマニアや同人誌だけのアイドルではなくなった。
水銀燈が真紅と同等かあるいは真紅以上に重要なキャラクターとしての地位を占めている事が、オフィシャルに認められたのだ。

ここで水銀党員にとって忘れてはならないのは、この絶頂と同時に訪れる問題である。
もはや水銀党員は反体制、『虐げられる少数派』ではなくなってしまった。製作側から配慮され優遇される、いってみれば体制の側になってしまったのだ。
これだけ強大な影響力を持つようになった水銀党が、アニメの筋書きを左右する巨大な圧力団体として大きくなり過ぎた自らの力を自覚する事無く、少数派としての被害者意識をもってレジスタンスをしていた時と同様の攻撃的行為を周囲にとり続ければ、それは他のドールのファンの目には勝者の横暴としか映らない。
逆に他のドールのファン達を水銀党への反感や脅威意識によって団結、組織化させる結果となり、水銀党員はRozen Maidenファンの中で忌み嫌われ孤立する。
それは確実に、水銀燈というキャラクターへのイメージダウンにつながっていく。既にその兆候がネット上の各所に見られ始めている事を憂慮している良識的な水銀党員も多いはずだ。
「水銀党員にあらずは人にあらず」などというような傲慢な考えで掲示板やニコニコ動画に書き込んでいれば、人々の心は水銀燈から離れていき、真紅大隊や蒼星会は、かつて水銀党員が感じていたのと同じ反感で勢力を増していくことになる。
アニメ第二期の放送でこれまで水銀燈を敬遠してきた穏健派の人々が数多く水銀党員に加わったのは歓迎すべき事だ。
彼等彼女等の水銀党内での台頭は、水銀党の過激さを薄め、少数派のコンプレックスからくる一種の選民思想ともいうべき排他的で攻撃的な従来の水銀党の性質を、より普遍的で万人に共感される開かれたものに変貌させる効果がある。
今後の水銀党の最大の課題は、これまでのようにただ水銀燈だけをレスペクトする視野の狭い集団から、広くRozen Maidenそのもののメディア界における人気のためにファンの中で指導的役割を発揮していく組織への変質だ。
Rozen Maidenの原点であるコミックが、作者と編集の不和によって連載が打ち切られる事は多くのファンに衝撃を与えた。
どんなにRozen Maidenの中での水銀燈の地位が向上しようと、Rozen Maidenそのものが衰退し消えてしまうのでは全てが無に帰する。
今こそ無意味な内戦を終わらせ、Rozen Maidenファンが結束して声を上げるべき時だ。水銀党にはその組織力を、水銀燈のためだけでなくRozen Maidenという作品のためにフルに活かす事が期待されている。
水銀燈人気の高まりは水銀党員に限らず、Rozen Maidenファン全体の利益となり得ると皆に理解させるためにも、我々はアンチからの変わり身が必要だ。
かつて真紅ファンが担って来た作品自体を牽引する役割を水銀党が肩代わりする事で新しい秩序を打ち立て、もはや堂々とした主流派として紳士的な協調で全体を包容し、もって水銀燈とRozen Maidenの魅力を世界に発信する。
これは国家に例えるなら覇権を得た大国が自国の国益ばかり追求して他国の世論を敵に回し不安定な世界にしてしまうか、それとも本当の意味での『帝国』を築いて安定し繁栄し続ける世界を生み出すかという事だ。
『帝国』とは一般的にその物理的側面から道義的に悪とされているが、『帝国』の精神的な側面を重視するならば決して物理的な力のみに頼る存在ではない。極論すればバチカン市国は『帝国』である。
ジョージ・ケナンの言葉を借りれば、覇者は万人に魅力的でなければならない。
それは、単に自国の国益のみに心を砕く地方国家と、広く世界の安寧のために普遍的正義を掲げる世界大国の違いだ。
Rozen Maidenに話を戻せば、これは水銀党員が所詮は既存のキャラオタ集団の模倣に過ぎない現状に満足し、そしていつかは避けられない作品自体の没落に身を任せるか、あるいは、我々の子孫が高いところまで上り、Rozen Maidenファンの中で評価されるだけでなく、広くメディア界全体の普遍的な畏怖と敬愛を勝ち取る事ができる偉大な水銀燈のための集い、すなわち、本当の『帝国』を望むか否かの問題である。
水銀燈への真の愛があるなら、広範な視野でこの崇高な使命のために邁進する責務が水銀党員にある事が理解できるはずである。
製作が切望されているアニメ第三期もそうだ。
次のアニメが水銀党員にどんなリップサービスをしてくれるかではなく、第三期実現のために水銀党員が何ができるかを真剣に考えよう。

Rozen Maidenの明日のために、水銀党員の力が求められているのだ。



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